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3.連れていかれた先で
胴と足に付けられていた紐は解かれたが、目と指の拘束はそのままだった。美香に引っ張られるように立たされると、腕を組んで歩かされた。美香は裾の広がったスカートを穿いているらしく、歩くたびに俺の足に当たった。
「何処に行くんだ」という俺の言葉にも、着くまで内緒とはぐらかされた。
結構な距離があるらしく、右に曲がったり左に曲がったり階段を上ったりした。俺がまごつくたびに、上機嫌に手助けをしながら歩いていく。その様子にも、俺の不安はどんどん大きくなった。
そうして、歩いていくと目的の場所についたらしく立ち止まった。
「それじゃあ最後まで付き合ってね」
その言葉とともに扉の開く音がすると、タンタカターン、タンタカターンというパイプオルガンの荘厳な音が聞こえてきた。その音楽にあわせて美香がゆっくり歩き出す。美香に腕を取られて、釣られて一緒に歩く。歩く俺たちの両脇に人の気配がする。
…これは、結婚式ではないのか。
混乱しながらもしばらく歩くと立ち止まり、そこでようやく目隠しが外された。
目に入る光が眩しくて目がちかちかして目を窄める。しばらくすると、目が慣れようやく周りを見ることが出来た。やはり教会だったようで目の前には大きな十字架があった。
横には、ウェディングドレスを着て綺麗な黒髪をまとめほほ笑む美香がいた。俺も白のタキシードを着ている。周りを見ると前には神父、後ろには列席者がいた。そこには友人たちは勿論のこと、なんと両親までおり皆笑顔でこちらを見ている。驚きすぎて声もでなかったが、何か違和感があった。それがまとまる前に、神父が淡々と話し出した。
「立花美香さん、あなたは菊地健二さんを夫とし、神の導きによって夫婦になろうとしています。汝健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
「はい。誓います」
美香はすぐに答えた。その言葉に、神父は頷き
「菊地健二さん、あなたは立花美香さんを妻とし、神の導きによって夫婦になろうとしています。汝健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
「そんなこと、」
「それでは、誓いのキスを」
俺の言葉を聞かずに、神父が続ける。
美香が背伸びをして近づいて来る。俺は避けようとするが、美香は口ではなく首元に口づける。
「いっっ」
首筋を思いっきり噛みつかれ、息が詰まった。美香を見ると、噛みついた皮膚が裂け溢れている血を啜っていた。
「な、何を」
その言葉に答えず、美香は俺の中の血を食らい尽くすように歯を立て続けている。
「た、助けてくれ……」
周りに助けを求めたが、この異常な状況が見えていないように皆笑顔のままこちらを見ている。血がどんどんと無くなり立っていられなくなった。目もかすみ、足から力が抜け崩れ落ちる。美香も膝をついていたが、顔は離さず最後の一滴まで搾り取るとようやく口を離した。目はもう見えないはずなのにその赤く染まった唇と、猫の様に弓なりに笑っている目だけははっきりと分かった。
「安心して。これであなたは私の中で一生、生き続けられるのよ」
そうだ、あの違和感は皆が能面の様に同じ顔をしていたからだ。最後に思ったのはそんなことで、この後はもう真っ黒な闇にのまれていった。
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