狼と小さな魔女

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 チェルシェはひとりぼっちのベッドで目を覚ました。  カーテンの向こうの窓からは朝日が差し込み、小鳥のさえずりも聞こえてくる。  いつもと変わらないおひさま。いつもと変わらない鳥達の会話。朝はいつだって同じようにやってくる。  チェルシェはもそもそと起き上がった。ベッドから降りると、壁際のドレッサーの元へ歩いていく。  今では遺品になってしまった、木製のドレッサー。白木にはめ込まれた鏡の中には、一人の女の子が映っている。  肩で切りそろえられた輝く金髪。まんまるな瞳の色は、晴れ渡った空のような青色。どちらも大好きな母と同じ色。皆から「大きくなったらお母さんみたいな美人さんになるね」と言われるのも、それを聞いた母が嬉しそうに笑うのも嬉しかった。  太陽みたいに明るくて優しい、チェルシェの大好きなおかあさま。  けれどもう、笑顔を見ることも、声を聞くこともできない。 「――………えい!」  チェルシェは思い切り頬をひっぱると持ち上げた。そうすればほら、鏡の中の女の子もへんてこな笑顔。 「さあ、起きなきゃ!」  気合を入れて頬を叩けば、少しだけやる気が沸き上がってくる気がする。気持ちが萎んでしまわない内にと、チェルシェは小さな足を踏み出した。  チェルシェの母は魔女だった。緑豊かな森の奥で草花を育てながら、近隣の村人の悩みに耳を傾けて薬を作ってあげる、優しい魔女。  森の中の小さな一軒家で慎ましく暮らしていた彼女は、ある日、街からやってきた魔術師の青年と出逢う。  いつしか二人は惹かれあい、共に暮らすようになり……やがて、二人の間に女の子が生まれた。それがチェルシェだ。  父はチェルシェが物心つかない頃に亡くなってしまったから、覚えているのは大きな温かい手だけ。それでも寂しくなかったのは、優しい母と、兄貴分であるベルンハルトが傍にいてくれたから。  ところがある日、穏やかな生活は一変してしまう。  母が病で亡くなってしまったのだ。  まだ 幼いチェルシェにとって、あまりにも早くて辛い別れ。  それでも何とか日々を送れるのは、側にいてくれる叔父と、何かと気にかけてくれる近隣の村の人々……そして何より、大事な家族のベルンハルトがいてくれるから。  けれど…… 「……今日も帰ってこないのかな……」  不安そうに零れた声は、その誰にも届かないまま消えていく。
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