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「俺の父さん医者なんだ。春からこの病院で働いてて、今日は社会科見学させてもらってるんだ」
名前を聞いても知らない先生だった。小児科の先生じゃないのかもしれない。この病院は大きくてお医者さんもたくさんいるから、知らなくても当然かなと思った。
「父さんと病院内の見学してたんだけど他の先生に呼ばれて行っちゃったし、母さんが迎えに来るのは夕方だし、退屈してたんだ。お前もだろ?」
決めつけた言い方が気に食わない。だけど退屈していたのは本当だから、しばらく話し相手になってやることにした。
「なあ、なんで登山の動画なんか見てたんだ?もっと他にも面白いのいっぱいあるだろ?」
「登山も面白いよ」
「えー!登山なんか面白くないよ、疲れるばっかで。登山より公園でサッカーしてる方がずっと楽しいって!」
「あんたはそうなんだろうね…」
私は冷たく言ってやる。
「私は登山もサッカーも出来ないんだ。テレビでサッカーも見るけど、私が絶対に行けない所に行って、その風景を見せてくれるんだよ、この人達は。自分で行ける人にその楽しさは分かんないよね」
子犬のような無邪気な目が驚きと罪悪感に大きく開かれた後、彼は浅黒い顔を俯けた。
「そっか……ごめん…」
「別にいいよ」
「あのさぁ…」
彼が何かを言い掛けた時、担当の看護師が入って来た。
「あら、お友達?」
「いいえ。彼はここで暇を潰してただけです」
彼は私を見て何か言い掛けたけど、すぐに口を閉じ俯いた。そして、その項垂れた姿勢のままぼそぼそと何かを言い残し、部屋を出て行った。
彼はもう来ない。私はそう確信していた。
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