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アイツはいつも、私から何かを盗んでいく。
また盗まれた。そう思ったのは、目が覚めたら真っ白だったから。
私の部屋、私のベッド、私のスマホ。形も匂いも普段のそれと変わらない。しかし、全てが白かった。
間違いない、アイツだ。
「出てこい! 色泥棒!」
体を起こして、部屋の中で大声で叫ぶ。叫んだからといってすぐに姿を見せるわけではない。
ピンクの布地に花柄だった筈の掛け布団、綺麗な木目調が気に入っていたテーブル、相場は黒と決まっているテレビ。全てが真っ白くなっている。
今日は休みだったはず。何月何日だったか。カレンダーを見ようとスマホを手に取る。電源をつけようとするが、そこには白い画面。どこを触ろうとも何も浮かんではこない。
アイツと初めて出会ったのは子供の頃。実家の裏には神社があり、共働きの両親が帰ってくるまでそこが私の遊び場であった。
小道を渡り、数段階段を登るとすぐに大きな鳥居がある。そこをくぐり、砂利道を行くと2つの狛犬がこちらを見下ろしていた。
目が合わないよう下を向いて通りすぎる。その先の社殿横には大きないちょうの木があり、時期がくれば銀杏を拾って遊んだ。
そんなある日のこと、突然それは盗まれた。その日の夕食は大好きなハンバーグだったのに、なぜか味がしなかった。全く美味しいと思わないハンバーグにがっかりしたのだ。
正直に美味しくないと言った私から、母はハンバーグを取り上げた。
味覚を盗まれたまま1日過ごし、また神社へ行くといつもとは違う光景がそこにはあった。左側の狛犬と並んで、腰下まである白髪を靡かせた男がしゃがみ込んでいたのだ。
獣のような耳を頭上から生やし、鋭い目でこちらを見下ろしている。
普段であれば、狛犬の視線から逃れようと必死な私は、彼の視線に囚われたまま身動きが取れなくなった。
「そなた、私が見えているだろう」
低く、冷たい声だった。しかし、恐怖心はなく絹のような美しい髪と透き通るような白い肌に目を奪われた。
「味がないのは面白くなかっただろう」
そう問われてから初めてこの不思議な現象は、この男の仕業であると気付いた。
「楽しみがなくなり、退屈であろう?」
そう言われ、昨日のハンバーグを思い出す。あんなに楽しみだったハンバーグは予想通りの味ではなかった。楽しみを奪われた私は、退屈と言われればそれに近いような感覚を得た。
何度か頷くと「そうだろう。私はそれ以上に退屈で堪らなんだ。この世に退屈程苦痛なものはない」と彼は言った。
「……あなたは、誰ですか」
「気吹戸播白神。人間は薄情よな。都合が悪い時には、貢ぎ物を持って頭を垂れるが、事済めば顔も見せぬ。……故に、退屈」
それからというもの、アイツは事あるごとに私から何かを盗んでいく。
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