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あれから十何年も経ち、私も社会人となった。子供の頃には、大人には見えない何かが見えることがあると聞くが、多くの場合は成長と共に見えなくなるものだという。
しかし、私の場合播白神が見えなくなることはなかった。
「騒がしいの……。気に入らぬか」
アイツの声が聞こえる。真っ白な空間の中、声だけが響いていた。
「気に入るわけないでしょ! 目がチカチカしてどうにかなりそうよ!」
「おかしい。そなたは、白が一番好きだと言っていたではないか」
「あのねぇ……好きったって限度があるでしょ! 返してよ!」
「返さぬ」
ふっと目の前に現れた播白神。しかし、彼の姿も白一色で、殆ど陰影のない形は、本来ある筈の彼の麗しい姿を成していない。
「どうしてこんなに私に構うのよ! 人間なんて、他にもたくさんいるでしょ」
白一色の世界は幻想的で、綺麗にも見えるけれど、それに慣れることはなく違和感が拭えない。それどころか、錯覚を起こしそうな視覚から頭痛までして、苛々が募る。
毎日朝から晩まで働かされ、ようやく訪れた休日。ゆっくり体を休ませたいと思っている時にこんな仕打ちをされれば、誰だって憤慨するだろう。
「他の人間ではつまらぬ。退屈は拭えないのだ。真珠、そなたの名前は私からとったのだ」
「……知ってる」
「故に、私をもてなすのが大義である」
「何でよ!」
田嶋家は、代々気吹戸播白神にお供えものを持っては、健康祈願をしてきた。祖母が播白神様から幸福を与えていただけるようにと私に真珠と名付けたそうだ。
それなのに何故か、幸福どころかこうして退屈しのぎに扱われている。
これが名前の代償にしては、度が過ぎるのではないだろか。
「ああ、退屈だ」
「何でもいいから、返してよ!」
「そう喚くな。煩くてかなわん」
おそらく顔をしかめているのだろうが、殆どシルエットに近い白いだけの彼からは、表情を読み取ることができない。
急に両瞼が何かに覆われた。播白神の手であろうと思った瞬間には、見慣れた風景が戻っていた。
一瞬で辺りが彩られ、目の前にいる彼も普段の妖艶さを纏っていた。
「うー……目がおかしい……」
「返せと言ったわりに、文句がありそうだな」
一気に増えた色を脳が識別できないのか、目に映る情景が本来の姿であると体が慣れるまで数十秒を要した。
文句ならいくらでもある。播白神は、私から何かを盗むだけでは飽き足らず、悉く私の邪魔をする。
つい最近だって、彼氏とのデート中に割って入ってきたばかりだ。
彼から聴力を奪い、私は気味悪がられその日の内に振られた。いつもいいところまでいくと播白神は邪魔をする。
だから私は、二五歳にもなってキスもまだだ。先日、親友の結婚式に呼ばれたが、このままでは、私の結婚は夢のまた夢。
金色の目を細めている、飄々とした彼に、今まで何をいくつ盗まれか覚えてはいない。
いい加減私を解放して欲しい。
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