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次の日の土曜、私はわざわざ越谷から来てもらった父と、ぐちゃぐちゃになった部屋の掃除をしていた。そしてあらかた掃除が終わると父はこう切り出してきた。
「しかし、お前鍵はちゃんとかけていたんだよな?」
本日3回目の質問だった。
「かけてたよ」
私達はそれぞれ目もあわさず、私は衣服の整理、父は私のお気に入りのピンクのソファーに座りペットボトルのお茶を飲みながら休憩を取っていた。
「どうしてお前の部屋だけなんだ?」父は憮然にそう言った。
「そんなの私に聞かれても困る」
「ったく、お前に不備があったからこうなったんじゃないか?」
「そんな・・・」
私は思わず父のほうを見た。父は俯いている。久しぶりに見た父は、額はいくぶん後退した様子だが、濃い眉毛は相変わらずで、父の性格を良く表すように眉間には深いしわがよっていた。
父はずっとこの調子だ。慰めてもらおうと考えていたわけじゃないけれど、責められるとは思っていなかった。私の弱りきった心など、父にはわからないのだろう。
「で、指輪も取られたんだな?」
「うん・・・」
「まったく・・・」そう言って父は白髪まじりの薄い髪を、手でぐっと後ろにやった。
「しょうがないじゃん・・・」私の声は思いのほか今にも泣きそうだった。。
「ったく」
父は頭を掻き「お前を責めてもしょうがないな・・・」とため息をつき、あらたまって「いいかい?この際金目の物はどうでもいい。取られた金は貸してやるし、返してくれなくても結構。ただ母さんの指輪だけが心残りだ」と私の目を見て言った。
「うん・・・、警察が何とかしてくれると思うけど・・・」
「警察なんかあてになるか。お前の事件なんて片手間で終わらせる気だ」と父は一段階大きな声をあげた。
「じゃあどうすんのさ」と私はむくれた。
すると父は名刺入れから一枚の名詞を取り出した。
私はそれを受け取り読んでみた。
「斎藤探偵事務所?」
「そうだ。父さんの大学時代の友人の息子が開いている探偵事務所だ。きっと役にたつはずだ。私は今の時期会社を休めない。お前は有給休暇を取れ、空き巣被害にあったとなれば、1週間くらいは休ましてくれるだろう。その間、ここを訪ねて力になってもらえ」
父を見ると先ほどよりも、柔らかい表情になっていた。
「わかった・・・」
私はそう言うと、父からもらった名刺をじっと見つめた。私の中にはその名刺程の薄さだが希望のようなものが湧いてきたみたいだった。
何、今が底で、今より悪くなることはないだろう。その時の私はそう思っていた。
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