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「あの、戻りました」
「はいはい、座って、座って」
斉藤は早速、コーヒーを私から奪い、飲みだした。
斎藤はコーヒーを飲みながら「で、ご用件は何かな?」と言った。
「あの、それが家が空き巣に入られまして」
私は席に座りそうきりだした。
「うん、うん」
斉藤はどちらかというと私の話よりもコーヒーに夢中になっているようだった。
「犯人を捜して欲しいというより、盗まれた母の形見の指輪を見つけて欲しいんです」
斉藤はコーヒーをある程度堪能すると「成る程ね。確率はざっと3パーセントだね」と言った。
「取り戻せる確率ですか?」
「うん。盗んだ物はすぐに売り払うのが空き巣の鉄則だしね。じゃなきゃ時間を置けば置くほど足がつきやすくなる。空き巣は別に指輪コレクターじゃない。売った金が欲しいわけだしね。俺もすぐに売ったよ。そういういわくつきの物を買い取ってくれる業者もあるし、そこまで流れてしまうと、見つけるのは容易じゃないね」
「俺も?」
私はなによりそこが気になった。
「は?そんな事言ってないよ」そう言って斉藤の大きな黒目は右端の方にゆっくりと移動した。
「え?何言ってるんですか?さっき俺もすぐに売ったって言ったじゃないですか・・・」
「言ってません」斉藤は一転、無表情で、きっぱりとそう言った。
「いやいや、言いましたよ」
「言ってません」斎藤はまたもやきっぱりと言い切った。
「え~」
私はこれ以上詮索しても水掛け論になるだけだと感じ、ここは私が折れる事にした。
「そうですか、私の勘違いでした・・・」
「気をつけてね」
斉藤は何故か腹を立てている。
「え、すいませんでした・・・」私はまたもや謝ってしまった。しかしそれにしてもこの探偵は本当に大丈夫なのだろうか?元空き巣の探偵?そんなバカな。私の青い鳥のような希望など、遥か彼方の南の島に飛んで行き、代わりに、不安という名の漆黒の獰猛なカラスが私の肩で不吉に鳴いている。
「俺は新しい指輪を買う事をすすめするけどな」
斉藤はコーヒーを飲み干し、空のカップを部屋の隅に投げ捨てた。
私は無感動にカップの行方を目で追い「価値はさほど無いと思いますけど、3代にわたって受け継がれた大事な指輪なんです。思い出もあるし・・・」と言った。自分でそう言ったものの、あまり感情が声に乗らなかった。
「別に思い出は物に宿るわけじゃないだろ?心にあればそれでいいだろ」
「そうですが・・・」
私は何も言い返せなかった。斉藤はそんな私の顔を見て「まあ、あんたの意思というより、家族の意思があるみたいだね」と見抜いた。
「え、はい・・・、そうですね。私にしては、形見と言っても、あまり実感のないものなんです」私は正直に答えた。
斎藤は足を組み換え、前のめりになり私の顔を見て「よし、引き受けた」と笑顔で言った。
「えっ、どうして?」
私は思わず聞いてしまった。
「どうしてって、依頼しに来たんだろ?」
斎藤は憮然とした。
「そうですけど・・・。あの、依頼料の方は・・・」私はどうにか断る方向に持っていこうと思い聞いた。
「じゃあ50万くらいで」
私はぎょっとして「高いんですね」と言った。
「じゃあ1万で」
「安い!」
「何だよ」と斎藤は怪訝な表情をして「うーん、そうだな」と部屋を見回して「部屋が散らかってるから掃除してよ。それが依頼料」と言った。
「それでいいんですか?」
「いいよ」そう言って斎藤はにんまりと笑った。
この男、お金に無頓着なのだろうか、かくにも私は断るタイミングを失ってしまい、またもや部屋の掃除をする事になった。
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