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高円寺にある彼氏のマンションの前まで私と斎藤探偵は来ていた。何故か斉藤はここに来るまでに、商店街で買った緑の帽子を被り、もろにでているサイドの髪の毛を、後ろにぐいとおいやった。そして「何号室?」と私に聞いた。
「503です」と私が言うと、斎藤はエントランスにあるインターホンに番号を打ち込んだ。しばらくすると「はい」という彼氏の声がインターホンからした。彼は私達の所に来ずに家にいたのだった。私は少し腹が立った。
私が声に応対しようとした瞬間、斉藤は手で私の口をいきなり塞ぎ、自らがインターホンのカメラの前にでて満面の笑みで「宅配便でーす」と言った。
するとしばらく間があり「どうぞ」と、マンションのエントランスの扉が開いた。
「どうして?」と私が聞くと「念のためだ」と言って斉藤は目を細めた。
彼の部屋の前まで来ると、斎藤は私に横に隠れとけと言い、インターホンを押した。するとすぐにドアが開き、彼氏が顔を出した。次の瞬間斉藤は玄関のドアに無理やり入って、彼氏の「なんなんだお前!」という声を押し込めるようにバタンとドアをしめた。
2,3秒後にドアが少し開き、そこから斎藤の腕がでてきて、入れと私に手招きをした。
「あ、あんた誰だ!それに清!何してんだよ!」
部屋に入ると彼氏は混乱しながら斎藤と私を見比べている。
「ごめんなさい。その・・・、事情があって・・・」と私は言った。
「あんた、こいつが全財産失った事知ってるか?」斉藤は彼氏の顔に自分の顔を目一杯近づけ言った。
「え、なんだって?」と言って彼は私を見た。
「初耳か?」と斉藤は彼に言った。
「ああ・・・、清、言ってくれればいいのに」と一転、彼の声は優しいトーンになった。
「ごめん、色々と立て込んでて・・・」
私は俯き、どうも気まずく自分の指を触った。
「あんたも気をつけろよ。最近流行ってるみたいだから」と斎藤は彼から少し離れ言った。
彼は斎藤に乱された服を整え、微笑み「お前が無事でよかった。空き巣なんて酷いことする奴もいるもんだ」と言った。
「その顔だと、あんたは何も知らないようだ。俺は職業柄、嘘を付いているかいないか、一言喋ればすぐにわかるんだよ」と斎藤は言った。
「嘘?あんたいったい誰なんだ?警察じゃなさそうだし、探偵か?」
「ああ、そうだ。清ちゃんに依頼されて、事件を追っている」
「なんで俺の家に?」
「まあ、少しでも何か手がかりがあるかもと思って来てみたけど、無駄足だったわ。迷惑かけた。ごめんな兄ちゃん」
斎藤はポンと彼氏の肩を叩いた。
「いや、いいんだけど・・・。それより清、俺にも力になれる事があったら何でも言ってくれよな」彼は優しい目で私を見た。
「ありがとう。でも今は探偵さんと頑張ってみる。また連絡してもいいかな?」
「もちろん。ごめんな。最近仕事が忙しくて連絡できなくて、待ってるから」
私は彼のその言葉に涙がでるほどの嬉しさを感じた。数日連絡が取れなかったのは、私の事が面倒臭くなったとか、別れを考えているとかじゃなく、ただ仕事が忙しかった。それだけの事だったのだ。
「ありがとう。またね」
私は照れて彼の顔をまっすぐ見れなかった。
「ああ」
そう言ってつくった彼の笑顔に、私の胸は付き合い始めた頃のように淡くときめいた。
彼のマンションを出ると斉藤は帽子を取り、着ていた紺色のスプリングコートのポケットにしまい、ボサボサの髪をさらに手でくしゃくしゃにした。
「探偵さん、ありがとう。おかげで彼氏と仲直りできるかもしれない」
私は自分の声が思いの外浮かれているのに気付いた。
「はぁー」
斉藤は立ち止まり深いため息をついた。
「清ちゃん。あんたは家に帰りな」
「え?探偵さんはどうするの?」
「俺は奴を見張る」
「奴って彼の事?彼は何も知らないんでしょ?」と私はきょとんとして聞いた。
「本当におめでたい奴だな。彼が白?むしろ真っ黒だよ」
「え?」
斉藤は今までに見せた事のない鋭い目つきをした。
「俺は職業柄、嘘つきはわかる。あいつは大うそつきだよ」
斎藤の声のトーンに私は少したじろいだ。
「そんなの勘でしょ?そんなので彼を犯人あつかいしないでよ」
「犯人じゃないにしても、絶対に何か知っている。間違いない」
「そんな・・・」
私は憤りから手をギュッと握り「勝手にしてよ。私は仰せの通り帰ります。探偵さんもいいよ。帰って」と言った。
「仕事はきっちりするたちでね」
私は斎藤の言葉にさらに憤りを深め「何それ?全然格好良くないよ。契約も無かった事にしてあげる。掃除もまだしてないし私は帰ります」と言い放ち、そして斉藤の言葉を待たず振り返らずにその場から立ち去った。私はいつになく怒っていた。彼氏が私を騙すわけが無い・・・。私は泣きそうになりながら走って帰った。でも疲れてすぐに歩いた。
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