郷愁

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   歳をとればとる程、歳月によって体に現れる変化は少なくなっていく。それでも五年分の老いを、兄の体は確かに受け止めていた。おそらく私も同じなのだろうと思う。そして我々の母親も。  駅からほんの数分車を走らせただけで、辺りの景色はすっかり田舎らしいものに変わった。国道二車線道路の両脇には寒々とした田畑が広がっている。  田畑の向こうには我々を囲うように山脈が伸びており、沈んだ日が残す光がその稜線を微かに赤く染めていた。 「しかし今日にして正解だったな」煙草を咥えた兄が、ハンドルを回しながら言った。 「明日予報じゃ雪だって話だからな。しばらくこっち帰ってなかったからビックリするんじゃないか、お前。雪なんて見たら」 「別に雪なら東京にだって降るさ」  鼻で笑った私へ、兄はちらりと目を向ける。 「でもこっち程積もりはしないだろう?」 「まぁ。そりゃ、そうだけど」  やたらと彼方との違いを強調したがるのは、田舎に暮らす者の特性なのだろうか。二十歳頃までは一緒にこの場所で暮らしていたというのに、まるで余所者扱いだ。彼方には無いものがこっちにはあるんだぞ。その口振りからは、そんな見栄のようなものが感じられる。
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