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土間で突っ立ったままでいると、上がり框へ足をかけた兄がこちらを振り返る。兄は首だけ動かして、私を中へ入るように促した。
小さく頷き靴を脱ぐ。約五年ぶりに生まれ育った家に足を踏み入れる。
ギシギシとよく鳴る廊下を進み、右手にある障子戸を兄は開いた。
「あら、早かったじゃない」
扉の向こうからしゃがれた声が聞こえてくる。胸の奥にむずむずとしたものを感じる。
兄の後ろにつき、肩の横から八畳の茶の間を覗き込むと、炬燵に足を入れた母がこちらへ顔を向けた。
「お帰り」
目を細めて、母は言った。
「ああ」
*
前回帰って来たのは父の三回忌の時。その前は父の葬儀の時。どちらもその日の内にあちらへ戻らねばならない用事があったし、来客が多くあって終始バタバタとしていたため、帰って来たという実感を得られるのは、もういつぶりの事だか分からない。
甥達のための漫画やゲーム。母のための大量の薬や健康器具。久しぶりに目にする普段の姿をした実家は、やはり少しだけ他人行儀に感じる。
ただ、兄と喧嘩をした時に殴ったキッチン横の壁の穴や、身長を計るためにつけた縁側の柱のキズは、あの頃と同じまま、面影のように残されていた。
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