郷愁

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 挨拶もほどほどに、母は曲がった腰でキッチンへ立ち、夕食の仕度を始めた。兄とは違い、まるで数日ぶりの再会のような態度だ。  母の背中は、心細く思う程に小さい。どんなものよりも残酷な老いが、ここまで私達を守り続けてきた母を、老人へと変えてしまっていた。  それほど多くはない荷物を下ろし終えた私は、一人で使うには広すぎる炬燵で暖をとる。電気ストーブも動いているが、古い家であるためどこからともなく冷たい風が吹き込んでくる。  手持ちぶさたに眺めるテレビでは、こちらでしかやっていないローカル番組が流れていた。番組の内容やその醸し出す空気がまるで変わっておらず、時間旅行をしたかのような気持ちにさせられる。  程なくして一度家に戻っていた兄が家族を引き連れやって来て、それから直ぐに夕食と相成った。  元々ふっくらとしていた兄の嫁は、より母親らしい丸みを帯びていた。驚かされたのが二人の甥で、特に来年から高校生になる長男の方は、声が変わり、身長が二十センチ以上伸びていたため、見違える程の変わり様だった。  賑やかな食卓には、母が作ったものと兄の嫁が持ってきたもの、それから出来合いの料理が幾つか並んだ。  広い茶の間に歓談の声が響く。長押に並んだ賞状が、そんな我々を見下ろしている。
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