郷愁

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「俺も嫁も仕事はあるからずっとなんて見ていられないし、子供達だって最近は母さんへ妙なものを見るような目を向けるようになった。まだ大丈夫だってずるずる引き伸ばしたって大変になっていく一方だって事くらい、お前ならよく分かっているはずだろう?」  兄の口振りには弁解の色が滲んでいた。それでもこの場所から逃げだした私が、ここに残り母を支え続けてきた兄へ返せる言葉など何一つとしてなかった。  忘れかけていた罪の意識が、重しのように胸にのし掛かる。  何もしない飲んだくれの夫の畑仕事を手伝いながら、血の繋がりのない父親と母親の面倒を見、漸くそこから解放されたと思えば、今度は夫の介護。その最中に息子二人を育て上げたあの人程強い人間を、私は他に知らない。  煙草の煙を痛い程に肺へ送り込みながら、雪の粒が舞い降りていく庭を見つめる。  石にぶつかり思わぬ方へ跳ねていくボール。夕陽を背に受けながら覗き込んだ蟻の巣。掃除の最中に失せ物が見つけるように、埃かぶった記憶の断片が浮かび上がる。  時期も季節もバラバラなそれらの記憶の断片は、やがて一つの記憶へと収束されていく。  だけど変わっていなかったのだ。母の料理の味は、あの頃と。  冷えきっていた体の、目頭だけが熱くなる。奥歯を噛み締め、こみ上げものをぐっと堪え、私は兄へ口を開いた。  
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