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弥生の「家族」は、三度、変化を遂げている。
一度目は「母」がいた頃の形態、二度目は両親が離婚した小三の春、三度目が父が再婚した中一の春――現在の姿だ。
「家族」が変化するのは、春が多い。世間の節目に合わせてのことなのか、単なる偶然なのか、弥生には知る由もない。いずれの「家族」が好きかと問われれば、まず、一番目は選ばない。「生粋の家族」であったにも関わらず、母は、ギラギラと輝きながら浮かぶ水面の油のように馴染まなかった。
「どうして、皆と同じようにできないのッ」
血の繋がった母の口癖である。
自室にこもって本や漫画を読むこと、運動会で級友たちの群れに混じれずにいること、好きな色が紫であること――。母が決め台詞とともに嘆くたびに、弥生は縮こまり、言葉を失い、身動きが取れなくなる。
父に似てしまったのだ。
平凡そのもの、特筆すべきところのない寡黙な父と、弥生はよく似ていた。読書が趣味という点も、すぐに忘れられてしまう十人並みの顔立ちも。
弥生に向けられる以上の苛立ちを母からぶつけられても、反論一つせず、わずかに狼狽を滲ませる程度の抑揚しか持たぬ父に、何度も自分を重ね見た。もう少し、上手く立ち回ればいいのに。それは、いつも自分自身に向ける言葉と同じであった。
両親の離婚に伴い、弥生は父との生活を選択した。
母にとっても、より良い選択のはずだった。だから、別れ際に母が号泣しながら抱きしめてきた時には驚いた。弥生とはまるで似ていない綺麗な顔をぐしゃぐしゃにしたまま遠ざかる背中を見つめて、ほんの少しだけ後悔した。母を選ばなかったことではなく、なんの迷いもなく父を選んだ自分の薄情さに。
父と二人きりの生活は、実のところ、そう長くはない。
離婚後、ぼんやりした父子の元に、父方の祖母が即座に駆けつけた。エアコンの電熱機器製造を請け負う会社に勤める父は帰宅時間が不規則で、家庭との両立ができるわけもない。家事一切を担い、父と弥生の精神的支柱ともなった祖母は、神の遣いとも思える存在であった。
「弥生に、紹介したい人がいるんだ」
小学校の卒業式を終えて数日が経った頃、父は平穏な朝餉の場で爆弾発言をした。離婚から五年、祖母が亡くなり一年が経過していた。ご飯に味噌汁、卵焼きと鮭の塩焼きが定番だった祖母の絶品朝食から、トースト、コーンスープ、焼きベーコンという簡素な朝食に、ようやく慣れた頃だった。
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