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第一夜
こんな夢を見た。
自分は教室の中にいた。1人だった。窓から2列目の後ろから3番目の席に姿勢よく座っていた。窓が全て空いていて、澄んだ青い空が見えていた。白いカーテンがはためく。
自分はずーっと外を眺めていた。
突然、
「ねぇ」
と声をかけられた。振り向くと1人、男子生徒がいた。知っている顔だった。が、名前も彼との思い出も、何も思い出せなかった。ただ、クラスメイトということは、私は確かに知っていた。彼は私をじっと見つめて口を開いた。
「みんなお前が嫌いだ。」
静かな教室に、表情のない彼の声が響く。
いつの間にか彼の後ろにクラスメイトがいた。みんな知った顔。そして一様に私を見ていた。誰も笑ってはいなかった。
「大嫌いだ。」
彼の瞳には何もなかった。私は教室を出た。クラスメイトもついてきた。何故か、そうするべきだと思った。ゆっくりと階段を下りた。よくある怖い話みたいに、いつまでも階段が続くかとも思ったが、3回分降りたところで、ちゃんと昇降口についた。
―――――
校庭の真ん中まで来た。誰も靴を履いていない。私の前にクラスメイトが1列に並んだ。彼も列の何処かにいるのだろう。いつの間にかクラスメイトの手にはナイフが握られていた。私はゆっくりと両手を真横に伸ばした。
一番前の女の子が口を開いた。 まるでスローモーションみたいだった。
「お前のことが、嫌いだ。」
そう、聞こえた。きっと空耳じゃないだろう。彼女が私の左腕にナイフを刺した。肉の千切れる音がした。血が校庭の砂にボタボタ落ちた。痛かった。苦痛で歯を食い縛った。それでも獣のような呻き声が溢れた。そしてそれ以上に彼女を思い出すことはできないのが、無性に悲しかった。何故悲しいかも分からなかった。ナイフは刺さったままだった。
2人目の生徒も女の子だった。彼女はしゃがみこみ、私の右足の甲に刺した。その子もまた、私に嫌いだと言った。今度も名前は分からず、ただただ心が苦しかった。
―――――
肉が何度も千切れ、骨が砕け、私の体は弾けていった。耳にも肩にも太ももにもアキレス腱にもナイフは刺さった。もう何人目かはわからなくなった。身体中が血でぐちゃぐちゃだった。でも何故か、血は流れ続けた。血を失うことはないのかと私はどこか冷静だった。それでも体は痛かったし、心はずっと悲しかった。次の男の子が私の右目にナイフを刺した。激痛が走った。人のものとは思えない叫び声が遠くに聞こえた。自分のものとは思いたくなかった。次の女の子は左目に刺した。直後、焼けるような痛み。2人とも私が嫌いだと言った。しかし、私が崩れ落ちることはなかった。体は震え、血は止めどなく流れ、息は上がっていたが、私の体は最初から動かなかった。次からは声だけが聞いたことのあるものだった。それでも名前は浮かばなかった。
足音が1つになった。少なくとも私にはそう思えた。彼だと思った。何も見えなかったし、血が垂れたせいで耳も聞こえにくかったが、彼だと思った。両頬をつーと温かいものが流れた。
「俺は」
と言った。やはり彼だった。何故かほっとした。痛くて苦しくて悲しかったが、彼がいることを何故か嬉しく思った。
「お前が嫌いだ。」
彼が言った。そうだろうとは思った。それが余計に悲しかった。
「大嫌いだ。」
彼が、続ける。
「それでも、」
彼がすっと息を吸い、
「それでも俺は、」
目を、開いた。
布団の上で眠気を疎ましく思う。朧気な記憶だが、夢というのは自分の抑圧された願望だと、何処かで聞いたことがある。
体を起こして鏡を見た。自分の赤くなった目を見て、涙というのは温かいのだなと思った。そして、彼は私の特別なのだ、自分は彼に恋をしているのだと、ようやく私は気がついた。
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