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「宇和野(うわの)先生」
呼ばれてビクと反応する。
先生と呼ばれる器では無い。
先生と呼ぶものが多数いや少数居るが、半数は半笑いで呼んでいるのだろうと思うのだ、それこそケラケラと笑われてしまう。
「えっと、ごめんなさい人の名前を覚えるのが苦手でして、貴方は」
失礼と承知で答える。
知ったふりをして何度か恥ずかしい思いをしたことのある人間である故、正直に言うのだ。自分は名前も覚えられない馬鹿なのだと。
馬鹿ゆえに先生だなどと呼ばれているのかも知れない。
尊敬に値しない自分のような人間に先生と言う呼び名は相応しくない。
「いえ、初対面です。ただ、この階段にくれば会えると噂を聞いてココを訪ねたのです」
階段。
喫茶階段。ふざけた名前だと思うかもしれないが、階段と階段の間、踊り場にあたるこの場所にひっそりと、佇むこの店の名前は、やはり階段と呼ぶのが相応しい。
踊り場と言えば、まるでディスコか何かと勘違いされてしまう。などそんな理由で階段と名付けた訳では無いのだろうが。
「ああ、如何にも僕は宇和野です。宇和野ですが、先生では無いですよ。ただの霊媒者です」
霊媒者。
そう、宇和野大空(そら)は霊媒者である。
とある理由で、千をも超える人間、会社から祈られた僕は、水色のジャンパースカート姿の女によって霊媒者とされた。
断ることは出来たのだが、当時の僕は無職だった。
無職では生活が出来ないのだ。
だからこうして霊媒者と言う職業を選んだ。成り行きと言うには行き過ぎで、まるで罠かかったアリの様に、飲み込まれている。送った履歴書全てが僕の活躍を期待する手紙に変化したのだ。
四の五の言える立場では無かった。
「やっぱり、本当に居たんだ」
これでは、僕が霊扱いである。
「えっと、すると怪異現象でお悩みでしょうか」
その言葉に、男は目を丸くする。
「そうです。やはり分かるんですね。透視能力ですか、すごい本物だ。宇和野大空先生にお願いがあります」
男は鞄をガサガサと音を立てて漁る。
大量の書類、封筒の中から一枚の写真を取り出し、カウンター席の端に座る僕へ近づく。
身長がやけに高い。
二メートル近いのでは無いだろうか。
「圧迫感が凄いですね」
「やはり、見えますか」
なんだか、やり辛い。何も見えない。
ソコだけは嘘を吐く、営業妨害だと上司に怒られそうだという理由は心の奥でしまう。
「はあ、まあ。大きいですから、見えますよ」
僕には、何も見えない。
透視能力有る訳が無い。
霊媒者と名乗るだけの嘘つきである。
「そうなのです。宇和野先生、大きな問題なのですよ。先生には既に見えている事かと思いますが、この写真に写る女に何か感じる物は在りませんか」
何も感じない。
ただ、細い女性が焼き肉を食べている。それも高級店の焼き肉だという事くらいだが、そんな事を言い当てて欲しいのだろうか。
「見かけに寄らず、沢山食べる方なのですね。お綺麗です」
そんな誰でも見れば思う言葉を並べる。その言葉に、喫茶店で大きな声を男は開ける。
マスターが僕を睨む。
「そうです。やっぱり、そうなんですよ。おかしいとは思ったんです」
「おかしいと言うのは、やはり」
「そうです。妖怪の所為です」
恐らく二十代の男性は、妖怪の所為だと、子供番組のような事を堂々と答える。相手が霊媒者でなければ笑われていただろう。
「俺の名前は多部聡(たべさとる)、皆からは多部ちゃんって呼ばれてるんだが、そんな自己紹介は要らないですよね。先生」
多部ちゃん、自己紹介は大事ですよ。と頷きながら心で唱える。僕が霊媒者或いはテレパシーでも何でも使えるのならば伝わるのだろう言葉は伝わらない。やはり自分には何も能力は無い。
「実はです。この人、自分の妻なのですよ」
「奥様でしたか、美人な方で羨ましい」
「いやいや、これ食べ過ぎですよ。明らかに食べ過ぎですって、この時なんて十人前くらい食べたと思います。それに」
多部はそこで口を閉ざす。
少しの沈黙の後、彼は言う。
「アイツは、泰子(たいこ)は二口女です」
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