二口女

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 最寄り駅から数駅先にある子供服、雑貨屋を遠目で睨むように見つめる。大手チェーン店とは違う個人で経営しているであろう小さな店。  店員が二人、ショートヘアの白髪の女性がオーナーであり、演出用のPOPで店内を盛り上げている長髪の女性こそ、多部悟の妻であり二口女でもある多部泰子である。  不自然な程に長い髪は、きちんと手入れされている事が遠めでも分かる。少女の髪のように光が輪を作っている。  小柄な女性で長髪という事も有り、転んでしまいそうな、地面に髪を付けてしまいそうな危うさを覚える。  店の前を何度か行き来する姿は、さながらストーカーである。毎度のことだが、苦手な事であり、どうして自分は休みの日にまで、こんなことをしているのかと頭が痛くなる。  趣味と割り切った所で、仕事との差は給与がでるか出ないか、料金を貰うか貰わないかの違いなのだから息抜きどころでは無い。  店の中には子供が沢山いて、どうやら、キッズスペースと店内カフェのような物があるようで、何度か子供と目が合っている。  僕は探偵に不向きかも知れない。  不自然すぎる動きは、目立つ。  通りを歩き、行き過ぎる他人の視線まで集まった頃、ようやく店にはいるのだった。  遠くからでは、首回りは見えなかった。  視力の良さが取り柄といえども、髪に隠されているのでは、透視能力が無い限り無理だろう。  店員たちのいらっしゃいませよりも先に、キッズスペースから、覗きの人がはいってきたーと子供達の嫌な言葉にたじろいだ。  核心に近い予想だが、遠くからキッズスペースで遊ぶ子供を見て居た危ない大人を親含め、怖いわねぇとでも話していたのだろう。  目線と、眉間の皺、眉の角度が不審者を見るそれである。心理を勉強しなくとも分かる。 「いらっしゃいませ」  直ぐに、多部泰子がフォローに入った。 「今日は何かお探しですか、宜しければ一緒にお探ししましょうか」  と、誘導される。  店内の視線は変わらないが、店員が入ったことにより多少ほっとした様子である。 「ああ、ちょっと妖怪を探しにきたんです」  困った様子の店員の多部の口からでた、はぁ。と言う言葉と周りの大人達のはあと言う言葉は偶然にも重なっていた。 「はぁ。妖怪のなんでしょうか。河童の人形くらいしかないかも知れませんが、少し探してみますね」  河童の人形いらねぇ。  いらないと言う前に、店の奥に多部泰子は消えて行った。  店内に残された僕には、妖怪マニアだと子供たちの言葉と、刺さりっぱなしの大人の視線が刺さっている。  数分して戻ってきた多部泰子の手には河童の人形が握りしめられている。思いのほか、リアルで不気味である。ソレを渡されると店内が更にざわつくのが分かる。鏡に映るすがたは、妖怪マニアその者である。  名は体を表す如く。  妖怪マニアに相応しい人形である。 「お気に召しましたか」 「いえ、というか、これなんですか」  人形の質感はどこか冷たく、しっとりとしたまるで・・・・ 「雑貨の仕入れの際に岩手の蔵を持っていた方から引き取らせてもらったんですよ。本物の様な触り心地ですよね」  六十センチほどの緑とも黒とも言えないソレは、嘴にも似た大きな口を開いていて、小さな歯が尖っている。所々抜けていて揃っていない辺りが妙に生々しく、糸やノリでの接着後も無く、明らかに脱皮途中で有ろう背中の甲羅は一層リアルである。 「ちなみに、おいくらなのでしょうか」 「四万円ですね。少し高いかも知れませんが、作りがしっかりしているので、あ、ですが、いま二点買うと十パーセント引きのセール中なのでお得ですよ」  二点だとお得。  お得と言う言葉に弱く、気が付くと、ネックレスと河童の人形を買っていた。  多部泰子商売上手だなと思いながら階段へ戻る。
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