二口女

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 喫茶階段。  二十時を回ると店内にはマスターと常連客である僕だけになった。可愛らしいピンクの買い物バックを指さし、マスターはお代りのコーヒーをカタンと置いた。  それを啜る。  いつも通りの味は褒めるほどでも無い。 「ハートや星、ピンクに水色、薄紫と僕には似合わないですよねぇ」 「似合わない事は無いと思うが、確か、二口女の調査にいったんじゃなかったか。帰ってきたら買い物袋ぶら下げて、ニヤニヤしながら現れるからな。誰も居ない今聞くしかないなと」  それで、頼んでもいない、お代りのコーヒーくれたのだろうか。 「凄いモノ売ってて楽しくなってしまいましたね。コレ鑑定団に出られるんじゃないですかね」  じゃじゃーんと効果音を鳴らしながら、河童の人形をカウンターに置いた。そして怒られた。  店が汚れると怒鳴られ、袋の開け口からマスターに見せる。  そう、怒られるほどに精巧な出来の河童人形。  適度に腐れたような、溶けたような身体はまるで本物である。 「確かにすごいモノを仕入れたみたいだな。それで、どうなったんだ。おっと」  カランコロンとドアが開く。 「お待たせしました。大空さん」  多部悟が息を切らしながら、隣へ座る。 「どうでしたか、ウチの泰子は、やはり二口女だったのでしょうか。どうしたらいいのでしょうか妖怪と人間は一緒には居られないのでしょうか。大空さんは彼女を退治するのでしょうか。自分は泰子を愛しています。もし妖怪と一緒に暮らす方法が有るなら教えていただきたいのです」  彼女と一緒に居たいのですと悟は僕の手を取り見つめる。 「実は、今日奥様の所へ行ってきました」  ゴクリと彼の喉が鳴る。 「今の話は本当ですか、妖怪だとしても愛せるのですか。どんな秘密を持っていても、幻滅したり、ソレを理由に距離を置いたりしないですか」  当たり前ですと食い気味でかかる彼を見て思う。  本当に好きなのだろう。  だから、僕みたいな奴に依頼したのだろうと。 「どんな泰子でも、自分はずっと一緒に居たいのです。だから、彼女の事が知りたい。妖怪でも構わない」  息を切らしながら走ってきたそんな彼の気持ちが凄いと思う。僕もいつかこんな風に誰かを思うのだろうか。 「結論から言います。彼女は貴方に隠し事をしています。それは貴方が気が付いた通りです。彼女は沢山の食事が必要だったんです」  やはり、そうでしたか。と彼は声を漏らす。それでも、下を向かず僕を見て居る。  さて、と。  スマートフォンを机に置く。  カタンと言う音で、僕のスマートフォンを悟が覗く。 「これは、泰子ですか」 「はい、泰子さんの首です。後ろから写真を撮らせていただきました。ネックレスをプレゼントしたい人が居るので、付けた感じを見せてくださいとお願いしました。しぶしぶでしたが、写真を撮らせていただきました。店の高額商品を買ったという事で、断り辛い雰囲気を作ってしまったのかも知れません。貴方に見せたら消す予定です」  写真には、綺麗なうなじが写っている。  首の後ろに、口などは無く、真っ白な日に焼けていない首の写真。 「どういうことですか、彼女は二口女では無いということですか」 「そうです。僕が除霊するまでも無く、彼女は人間です。貴方と同じ普通の人間でしたよ」  コーヒーを啜る。 「ですが、さっき隠し事があると」 「はい。簡単に話すと貴方の事が好きだったからですよ」  スマートフォンから画像を消し、確認してもらう。 「昔、彼女と付き合う前に、貴方は小食の女性が好きとか言ったのではないですか。彼女の職場の人や友人に聞いたところ本当は、かなりの大食いらしいです。痩せの大食い。珍しい事でも無いですかね。最近はアイドルとかも多いですし。結婚する前は貴方の前では食べない様に、小食の振りをしていたようですよ」  好きな人の前で沢山食べられなかった。 「しかし結婚するとそうはいかないです。毎日足りないのは苦しいですからね」  だから、夜にこっそりと食べていた。  僕の様に箸の持ち方が変だとか、ラーメンを吸うように食べてしまうとか、そういう事では無いのだろう。少しでも大切な人に好かれたいと思っての隠し事、素直に言えば良かったのにと思うのは乙女心を理解できていない僕なのだろうか。  どちらかが、言うべきだったのだ。  決して言えない言葉では無かった筈である。 こっそり隠れて食べる位なら、こっそり霊媒者に依頼するくらいなら、一言いうだけでよかった。聞くだけでよかった。  結果、互いに苦しんだ。  彼の前で食べられない女。  彼女が妖怪かも知れないと誰かの入れ知恵に翻弄される男。 「そんな、ずっと我慢させてたという事ですか」  辛そうに目を腫らす彼は、言えなかった言葉を今日彼女に言うのだろう。気が付けずごめんと言う言葉を添えて。  マスターは話の終わったタイミングで、多部悟の前にコーヒー置いた。店内は挽きたての香りに包まれた。  一体誰が、何を言えば自分の妻が妖怪かも知れないと思わせたのだろうか、少しモヤモヤと僕の心が疼く。
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