長谷川さん

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僕たちは、ちょうど一ヶ月前の十一月終わりに付き合い始めました。 大学で哲学研究会に所属していた僕が、同じく哲学研究会で先輩である長谷川さんに告白をした形になります。 『長谷川さん、よければ僕と付き合ってくれませんか』 恥ずかしながら、僕は今まで彼女がいたことはもちろんのこと、告白すらしたことがありませんでした。ですから、そんな僕が長谷川さんの彼氏になれるわけがないと思っていました。 『……こんな私で良ければ、よろしくお願いします』 ところが、神の悪戯か、災害の前触れか、無事に長谷川さんの承諾を得て、晴れて彼氏になることができたのです。 長谷川さんは、後輩である僕に対して、いつも敬語で話しかけてきます。誰に対しても敬語でした。故に、彼女がどんな気持ちでこの言葉を発したのか、未だに解明できません。 今日は、それからちょうど一ヶ月後になります。 「来年は、もっといろんなことをして遊びたいですね。喫茶店に行って一緒にコーヒーを飲んだり、旅行をしたり。楽しいことをたくさん」 ホットコーヒーを一口飲んで、僕は長谷川さんに話しかけました。 長谷川さんも、ホットコーヒーを一口飲んで、答えました。 「無駄です。人生は玉ねぎですから」 今、こうしてお揃いのマグカップを使っているのに、考え方は全くお揃いでないことに僕は悲しみを覚えました。 「カール・サンドバーグは、暗い気持ちでそんなことを言ったんじゃなくて、人生には楽しいことや辛いこともあるんだと人生の厳しさを例えて言ったのだと思います。現に彼の言う人生の中に山が有ります」 「それはあなたの推論です。哲学の思想理解は自由な筈ですが」 「それは、確かにそうですが」 つらつらと話す長谷川さん。彼女は難しい言葉を使って自分の思想を押し通そうとする癖がありますが、本当は虫が飛んできたら悲鳴を上げる臆病な人です。
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