長谷川さん

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「……」 ──とんでもないことをしてしまいました。 長谷川さんは僕の嘘を心の底から信じていたのです。さっきと仕草が変わらなかったので、全然気づきませんでした。 どうしましょう。軽い悪戯だったのが一瞬で重い悪戯になってしまいました。当たり障りのない会話をするはずが、当たり障りのある会話になってしまいました。 「付き合って早くも一ヶ月。友達が欲しかった私に、あなたはいつも優しく話しかけてくださりました。あなたは私が大学に通う中で唯一無二の楽しみでした。私はあなたを愛さなかった日はありません。ただ……」 長谷川さんは涙が流れるのも気にせず、押し入れから何かを取り出しました。 「愛は抑えてこそ上品。剥き出しの愛ははしたないものである。今まで何度も気持ちが込み上げた時には、この言葉を心の中で反芻して抑えました。そうでもしなければ、私は爆発してしまうのです」 取り出したのは、手紙でした。可愛らしいピンク色の手紙が、5枚綴られています。 「あなたを『好き』と口に出したい欲求に駆られた時、この手紙にそれを書き連ねて欲求を消しました。欲求に負けて『大好き』と上級化した言葉を吐き出す危機もありましたが、それでも我慢して、いつか頃合いを図って伝えようと思っていました。それなのに……」 冷や汗が止めどなく溢れていく僕を気にせず、長谷川さんは両手で顔を覆ってしまいました。 「明日死んでしまうなんて、あんまりです……!! 私は、自分の気持ちを何も伝えられていないのに……!!」 ──激しく取り乱す長谷川さんは貴重で、正直もっと眺めていたいのですが、早く止めなければ殺されてしまう予感がしました。
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