長谷川さん

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「長谷川さん、実は……」 「これを見てください」 長谷川さんは、こたつの中からカレンダーを取り出しました。来年の分で、日付の予定を書く欄には『愛の日』、『お出かけの日』なる文字が、ピンク色のボールペンで書かれています。 「あなたに内緒で、来年の予定まで立てていました。私は薄情ですから、本当はあなたのことが嫌いなのではとあなたに疑問に思われないように、サプライズで用意していました。こんな風に」 ぎくりとしたのも束の間、長谷川さんが左手で何か糸のようなものを引っ張ると、天井から大きなくす玉が現れて、パカッと開きました。 中から出てきたのは、大量の紙吹雪。あんぐりと口を開けた僕の中や、カップ蕎麦の蓋の上、長谷川さんの髪の毛なんかに纏わり付きました。 長谷川さんは、今度は部屋の隅に置かれた、旅行用のトランクに近づきます。 「それから2月にはバレンタインが控えています。チョコレート作りに備えて、ベルギーに料理修行に行くことや」 トランクを開くと、中から『愛の修行用』と表紙にデカデカと書かれたノートが現れました。 「デート中に魑魅魍魎のカップルから、羨望の眼差しを受けるためのファッション研究に、夏の水着に備えて、引き締まった身体になるための運動プラン、会話を上手くなるための練習、そして……」 人差し指である一点を指す長谷川さん。恐る恐る、その方角を見てみると、テレビの裏に、見慣れない赤と白の二つの色で作られた衣装が、少しだけはみ出ていることに気づきました。 「もう、終わってしまいましたが、クリスマスには、おへそや太ももがよく見える、あのサンタ衣装で、あなたと過ごすはずでした。……それなのに、私ときたら!! 寸前で恥ずかしくなって取りやめてしまう愚行に走ったのです!! 私は本当に愚者です!! 最低な人間です!! あなたに残された命は限られていたというのに、私は次がある次があると誤魔化そうとしていたのです!!」 「……」 長谷川さんは、嗚咽を漏らして大泣きを始めました。 年末の、僕が感じていたあの雰囲気は全て消え去り、犯した罪が背筋を伝っていく、ある意味地獄のような雰囲気でした。 「ごめんなさい……!! 私を彼女として、人生最後の日まで一緒に付き添う人と選んでくれたのに、私ときたら何も知らないでこんな……!!」
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