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コウサカさんが、店を訪れたのは一週間後の夜だった。
「あのっ、その、実は、」
いつもの格好をした彼を見て、僕は滑稽なほど挙動不審になってしまう。
「やっぱり、ここでしたか。すみません。俺がうっかりしていたばかりに、驚かせてしまって」
「いえ、ご連絡できずに、こちらこそ申し訳ございませんでした」
「あんな可愛い紙袋を見て、俺のものだなんて思いませんよ、普通は。長いこと預かってもらって、とんだご迷惑をおかけしました」
マフラーの上の口元が朗らかに笑っている。
「お返しします。中身のほう、お確かめ下さい。失礼ながら、開けさせていただいたので」
「ああ、いいんです。これ、要らなくなったんです」
あまりに自然に言われて、僕は出来損ないのロボットのように固まってしまった。
「格好悪いでしょ。指輪まで用意していた女に、別の男がいたなんて。いまどき、笑い話のネタにもなりゃしない」
「そ、それは、……ぶしつけなことをお聞きして、申し訳ございません」
「いや、ごめんなさい。俺のほうこそ、困らせるようなこと言ってしまって。でも、始末に困るんですよね、こういうものって。そのへんに捨てるわけにもいかないし、家に置いておくのも気分が悪い。いわくつきだから、誰かにあげるわけにもいかないし、身内にあげるものでもない。俺、どうすればいいんですかね」
精一杯の虚勢だろうか。コウサカさんは、おどけた口調で小さく肩をすくめている。
「質屋さんとか、どうでしょう。いまどきは、ネットオークションって言うんですか。僕は詳しくないので、よくわからないのですが」
「ああ、いいですね。そうしよう、うん。それがいい」
コートを羽織らないコウサカさんは、いつも同じマフラーをしている。マスクをしない彼の口元にある、深海のように綺麗な青のマフラー。
あのマフラーが欲しい。
あれにはきっと、コウサカさんの匂いが染みついている。整髪料とメンソール煙草の匂いが濃く刻まれている。
いや。
できることなら僕は、あのマフラーになりたい。
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