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来訪者
オーランドルフ家に仕えるようになって数週間が経ち、俺がようやく生活に慣れて来た頃その客人は嵐のようにやってきた。「頼もう!」だなんてまるで道場破りにでも来たような大声で玄関から声がするものだから大慌てで俺達がそちらへ向かうと、そこに立っていたのはそれはもう大きな熊だった。
「熊!?」
「熊だな……」
俺とハインツが玄関に到達するより早く、先にミレニアさんが客人の相手をしており俺達は邪魔にならないよう、ついでに指示があればすぐに動ける位置に並んで立つ。それにしても今日は来客の予定など聞いていないかったのに、一体どういう熊(ゲスト)なのだろう?
「まさか本当に来るとは思いませんでしたよ……」
「仕方がないな、お前はいつまで待っても我が国に帰ってこないのだから」
「帰るつもりはないと何度も文を送ったでしょう? あなたならば他に幾らでも……」
そこまで言いかけた所でミレニアさんは俺達の存在に気付いたのか、こほんとひとつ咳ばらいをして「こちら獣人国ズーランドの大臣のご子息バートラム・ベアード様です」と俺達に彼を紹介してくれた。
「他人行儀だなミレニー」
「ベアード様! その名で呼ぶのはやめてください!」
「だったら俺の事もちゃんと名で呼べ、家の名で呼ばれるのは好きじゃない」
「バートラム様、あなたは変わりませんね」
「様はいらない、お前は俺の友であり妻なのだから」
妻……妻!? あれ? もしかしてこの熊、ミレニアさんの婚約者!?
「私はあなたの妻になる気はないと何度も言ったはずですよ」
「俺の方も諦める気はないと何度も言ったな」
両者全く譲る気のなさそうな2人は仲が良くも悪くも見えて、俺とハインツは口も挟めず黙ってそこに立っていたのだが、ふいにミレニアさんが俺の腕を引き、ぐいと抱き寄せられてしまった俺は彼の腕の中にぽすんと収まってしまう。
「私はあなたの妻にはならない、私の妻はこの子です」
はい!?
「そいつは?」
胡乱な瞳の大きな熊に睨まれる。いやいや、ちょっと待って、ミレニアさんは俺の事が大嫌いなはずですよね!? これは新手の虐めですか!?
「今はここオーランドルフ家の使用人として働いていますが、そう遠くない未来、妻に迎え子を産んでもらおうと考えています」
「ちょ……ミレニアさん?」
俺が戸惑い顔で彼の顔を見上げると、黙っていろと言わんばかりに肩を強く掴まれたので、俺は何も言えずに黙り込む。ここで下手な事を口走れば更にミレニアさんとの関係が悪化する、と聡い俺はちゃんと察した。
バートラム様はぎりりとこちらを睨み付け、今にも怒りに任せて俺に喰いつきそうな憤りを感じる。けれど、そうなったらきっとミレニアさんが助けてくれるはず……助けてくれるよね? 仮にも「妻に」とか言ったその口で俺を差し出したりしないよね?
「そんな上から下まで真っ黒な小僧の何処がいい?」
「濡れ羽色の髪、黒曜石の瞳、その美しさがあなたには理解できないと?」
「できる訳がないだろう! そもそも俺には人間の美醜など分かりはしない!」
「でしたらあなたが私のような半獣人を妻にと望むのは何故ですか!?」
「俺はお前の顔ではなく、中身が好きだと言っているんだろう?」
しれっと言い切ったバートラム様、瞬間ミレニアさんが言葉に詰まる。
「そ、そんな口から出まかせを……どうせあなたはうちの血統が欲しいだけなのでしょう?」
「確かにお前の家はうちと違って由緒正しい血統なのかもしれないが、別にそんなものはどうでもいい。そんな血筋云々を手に入れた所でどうと言う事もない、俺はお前が欲しいと言っている」
あれ? ミレニアさんの結婚は政略結婚だって聞いてたけど、バートラム様の考えはそうではない感じ?
「……っ、それでもあなたはベアードの家を捨てる事など出来はしない! 私はズーランドには帰りません! あそこに私の居場所など存在しない事はあなたも知っているでしょう?」
「それはお前が表舞台に立とうとするからだろう? 俺の妻になって家に入れば、そんな苦労はさせはしない」
「っ……! 私はそれが嫌なのですよ! 何故半獣人だからと言って私が奥に下がらなければいけないのですか!? 私は優秀だ、その辺の有象無象より余程自分に自信がある! なのに何故、半分『人』だというだけで私が隅に追いやられなければならないのですか!? 私は獣人国のそういう悪しき風習が大嫌いなのですよ! 私はあなたにだって引けは取らない! それは学生時代に充分証明してきたはずです!」
ミレニアさんの俺の肩を抱く指の力が強くなる。なるほどな、ミレニアさんは自分には表に立って働ける能力があるのに、それを生かす事が出来ない獣人国に嫌気がさしているとそういう事か。そして目の前のこの熊、バートラム様はそんなミレニアさんのコンプレックスを刺激しまくる存在という事なのだろう。
家がどうとか言ってたから2人の結婚は親同士が勝手に決めた事なのだろうけど、バートラム様はナチュラルにミレニアさんは家に入るモノと決めてかかっているし、そういうの息苦しいのかもな。
だってこの世界はどちらが子供を産んでもいい世界みたいだし? そこは話し合いで決めればいい話だけれど、そこの性的思考の一致がないと家庭を築くのは難しそうだよな。
「確かにお前は学生時代、誰よりも優秀だった。そして、ズーランドがそれを生かせない国だというのも分かっている。だが何故お前はわざわざ選んで苦難の多い道を歩こうとする? 俺にはそれが理解できない」
「だったら一度考えてみるといい、あなたが私の妻になる未来を! あなたが私に言っているのはそういう事です! きっとあなたには理解が出来ないでしょう? それとも私の為に貞淑な妻になれるとあなたがそう言うのであれば、私はあなたとの結婚を考えてやってもいいですよ」
バートラム様が瞳を見開いて言葉に詰まった。まぁ確かにビジュアル的に見たらどう考えてもミレニアさんが妻、バートラム様が夫って方がしっくりくる。だけど、この世界は逆も勿論あり得る訳で、そういうカップルがいても不思議ではないけれど……
「お前は俺を妻へと望むのか?」
「あなたがそれを受け入れるのであれば」
沈黙の睨み合い、俺、完全に部外者ですよね……? そろそろ解放してもらえないかな?
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