人には言えない秘密がある。

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 レメオルの森を抜けてから少し歩くと二人は豪華な屋敷に辿り着いた。ここが、彼らの住む家だ。二人が庭を通る時に何時もならば執事であるセバスチャンが出迎えるのだが、今日は何故かその出迎えが無かった。 「あれ……セバスチャンがいないよ?」 「そうだな。珍しい事もあるもんだ」  特に気にする様子もなく二人は豪華な装飾の施された門を潜り、いつもセバスチャンが手入れしている自慢の庭を歩いた。この時、マリウスがふと足を止めて横を歩いていたクリスを手で制止した。 「クリス、何か焼ける匂いがする。それにこの煙は……」 「まさかこれ……母さんがやったんじゃ……」  クリスは居ても立っても居られず、父の制止を振り切ってその煙のする場所へと走って行ってしまった。普通であればマリウスも追い掛けるべきなのだが、ただ苦笑いを浮かべてその背中を見つめるだけであった。 「母さん……」 「あらぁ、お帰りなさい。早かったのね?」  目の前に広がる光景を見たクリスは九歳と幼いながらも肩を落とした。母ジュリアが片手を頰に当て、もう一方の手のひらを何か丸焦げになっている物体に向けていたのだ。 「お帰りなさいませ、お坊っちゃま。申し訳ございません。お帰りになっていたのは気が付いていたのですが、奥様が庭に入ってきた魔物を駆除致しましたので、どう処理しようか考えていたのでございます」 「だから出迎えが無かったんだね……」  その黒焦げの物体を作り出した張本人であるジュリアは、一見するとお淑やかで美しいと思われる事が殆どなのだが、普通の女性とは違う部分があった。 「お父さん、居なかったからね? 大人しく森に帰るなら見逃してあげようと思ったのだけれど、ライナを狙ったものだから……」  ライナーとはメイドの事である。その狙われたらしい彼女は母親の足元でドレスにしがみ付くようにしてがたがたと震えている。   「ライナー、大丈夫……?」 「お、お、お坊っちゃまっ、お帰りなさいませ……」  震える彼女を見る限りでは恐い思いをしたのだろうと察しはつく。だが、その恐がる理由はその魔物のせいだけではないとクリスは知っていた。 「ライナ、そろそろ私のドレスから手を離しなさいな。あまり強く掴んでいると破れてしまうわ」  ジュリアが足元で震える彼女の手を優しく包み込むように握る。はっとしたようにライナはドレスから手を離したが、その表情は固いままだった。 「母さん、この黒焦げなのは何?」 「何だったかしら。セバス、この魔物の名前は?」 「ブラッドハウンドでしたかな」  ブラッドハウンド、レメオルの森に生息する大型の魔物である。発達した大きな犬歯を使い獲物を仕留める。ギルドランクA級程度の実力がなければ苦戦は必至だ。 「さすが我が妻、この程度の魔物は朝飯前か。〝魔王だった頃〟の力は衰えていないな!」  ここでようやくマリウスが遅れてやって来た。登場するのと同時に彼が放った〝魔王だった頃〟というワードを聞いて普通の人であれば「ん?」と反応してしまうだろう。  ジュリア・バードビッヒ、旧姓ジュリアナ・デビ・ヴォルフヴァイル。彼女は勇者の妻であり、クリスの最愛の母であり、世界の災厄と言われた元魔王である。    
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