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「やめて下さいな。私はもう魔王じゃないのよ? それと、無闇にその話を外でするのはやめて下さいね? クリスのこれからに色々影響を及ぼす可能性がありますからね」
と、眼を光らせるジュリア。元魔王でありながら、その自分が魔王であった時の事は恥じるべき過去であると本人は思っている。それに、彼女は実際魔王として君臨していた時には人間や他種族を手にかけた事は一度も無い。
「すまんすまん。少し昔の事を思い出してしまったんだ。許してくれ」
マリウスが初めて彼女に出会った時、それは魔王の城であった。彼女の美貌に一目惚れしてしまった勇者は、戦う事を覚悟していた彼女に求婚したのだ。しかしながら「はい、わかりました」にはなる訳もなく、奇怪な目を向けられたという。
それに、当時勇者には彼に付き従う三人の仲間達がいた。賢者アノス、戦士ダグドラ、僧侶ミルベーレの三名である。この三人を説得する事とジュリアを口説き落とす事のに一年費やした。
「大変だったと今でも思うよ」
「魔王に勇者が求婚したなんて、世間に知れ渡ったら大変な事になりますからね」
三人の仲間達は簡単に納得させる事が出来たのだが、ジュリアはなかなか手強い相手で毎日のように魔王の城に赴いては口説いた。最初は何度も門前払いを喰らっていた勇者マリウスだったが、結局は彼女が根負けし、彼を受け入れてしまった。
「母さんが魔王だったなんて今でも信じられないよ」
魔王とは名ばかりで、ジュリアは自然や生命をこよなく愛する優しい女性である。勿論その中には例外も存在するが、あくまでそれは他の生命を脅かす場合のみだ。
魔王ではなく慈母だ、とマリウスの仲間達は口を揃えて言った。そして勇者であったマリウスよりも彼女が勇者で彼は魔王だとも。
「あなたが生まれてから、私は自分が魔王だった事を一番恨んだかも知れないわ。私のせいで、もしかしたらあなたにこれから困難が待ち構えているかも知れないもの」
「でも、母さんのおかげで僕は魔界の人達にも良くしてもらえるから大丈夫だよ」
ジュリアに仕えていた三魔将の一人、ファビエンはクリスを可愛がってくれた。彼女もまた美貌を兼ね備えた悪魔である。現在は彼女が魔王として君臨している。
「この間も、ファビエンさんが僕に会いに来てくれたんだ」
「あら、母さんそれは知らなかったわ。何をしに来ていたの?」
「ほっぺにちゅうしてくれたよ?」
この瞬間、無垢な少年の一言は母の目から光を失くさせた。
「そ、そう。母さん、少し里帰りしようかな? ファビエンに少しお話があるから」
何も知らないのを良い事に、愛する我が子に何をしてくれているんだと、ジュリアは魔界へのゲートを青筋を立てながら開こうとしていた。
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