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セバスチャンがレメオルの森に向かってから数分も経たぬうちに戻ってきた。多少、彼のトレードマークであるカールのかかった白い髭とオールバックにしている白髪が乱れた程度で息切れも何も起こしていない。
「は、早かったね……」
「勿論でございます、お坊っちゃま。私めはバードビッヒ家の執事、レメオルの森は全て把握しておかねばならぬ身。これくらいは当たり前にございます」
クリスの言いたかった事はそんな事で無い。ブラッドハウンドは大きさ的に成熟した牛二頭分程度の大きさがある。それを軽々と片手で持ち上げ、普通の人間では出しえない速さで走り森に埋めて戻ってきたのだ。
「クリスよ、うちの者達を嘗めてはいかんぞ。そこで腰を抜かしているライナーもやろうと思えばブラッドハウンド程度ならば容易く捻り殺す事が出来るのだ」
「ははは……」
そんな事は、父に言われずともクリスは分かっていた。元勇者である父は強い者が大好きなのだ。今、腰を抜かしているメイドのライナーも気が小さいだけで
、ギルドランクAランク保持者なのだ。
しかも、腰を抜かしている理由はブラッドハウンドのせいではなく、母ジュリアの魔法の威力に驚いてしまったというのが一番の理由である。ジュリアの魔力は、現役の勇者だった時のマリウスですら足元にも及ばない。下級火魔法であるファイアーボルトが彼女の場合は最上級火魔法であるメテオとほぼ遜色無い。
そんな恐ろしい魔法を、唇に人差し指と中指を当てて詠唱するだけで発動させてしまうジュリアは魔王という名に恥じぬ強さを現在も持っていた。
「ライナー、いつまでそこで跪いてるつもりなの? 服が汚れますよ?」
「お、おく、奥様、腰が抜けてしまって立てないのですぅ……」
「仕方のない子ねぇ……」
ジュリアはライナーに肩を貸すように彼女の身体を支えながら立たせる。本当であれば自力で立たなければならない所を雇い主に助け起こされ焦るライナー。
「奥様っ!?」
「だって歩けないんでしょう? 女は私しか今いないんだから私がやるのは当たり前でしょう」
ジュリアは、この程度の事で目くじらを立てる小さな心の持ち主ではない。慌てるライナーを無理矢理屋敷の中に連れて行った。
「俺達も入ろうか」
「うん」
「今夜は、奥様が腕によりを奮って旦那様とお坊っちゃまに料理をお作りしておられましたよ」
「ほお、珍しい事もあるもんだ」
マリウスがそう言うのも、普段はメイドであるライナーか或いは有名なシェフが屋敷までやって来て料理を作る事が殆どなのだ。だが、かと言ってジュリアが料理が下手なわけではなく本人が単純に少し自分の腕に自信がないという理由である。
「母さんの料理、僕は好きだけどなぁ」
「俺もだ」
マリウスはセバスチャンにクリスの稽古用に持っていた剣を預けると、クリスと共に屋敷の中に入って行った。
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