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『睡蓮』につくとけっこう混んでいたが店長が押し込むように俺たちを店内に入れた。女の子にコートを預けてボックス席に通される。客層を見ると以前と違って同業者はほとんどいない。
セッティングだけしてもらってあとはシンがよく動く。俺の視線に気がついて
「もうね、これ職業病」
そういえば初めて会った時も自分から動いていたことを思い出した。あの時はよく気がつくいい人だな、なんて思っていたがその後俺の価値観を覆す恐ろしい正体を知ることになって今にいたる。
「で、どうなった?」
「いろんな店で未収のままらしい。その連中に女の居場所を教えたから早いもん勝ち。情報料はもらってあるから後は捕まえて自分で金に変えろって丸投げ」
さっき電話している時妙に長いなと思っていたが、いろんな人に連絡していたのか。
「すぐ帰るから嫌な顔すんなよ」
シンが店長を見ながら一応申し訳なさそうに言った。
「警察が来たときに諦めたよ。悪縁は切れないってさ」
同意を求めるように店長は俺を見る。ここで「はいそうですね」とは言えない雰囲気なので苦笑いしておいた。
しばらく事件とは関係ない雑談をしていると店長のスマホが鳴った。しばらく画面を見ている。
「泉クンから画像来た」
そこには数員の男たちが喧嘩している場面と、駆けつけた警察官数人、そして問題の主の女の子が写っていた。
時間差でシンと桐崎、そして俺にも同じ動画が送られてきた。
「けっこうな騒ぎになってるなあ」
これを仕掛けたのは俺とシン。
「シュウ君もこれで完全にアンダーグラウンドの住人になっちゃったね」
店長が残念そうに言う。
別に俺がどうなろうが他人に口出しされることではないが、この街にいるのなら人とのつながりが大切だってことはよくわかった。
まだ父の事件も解決していないし警察のマークは続いているだろう。昼の仕事に戻るにも今までの経歴を聞かれるのもわずらわしいし、実家が反社会的勢力な限り雇ってくれる会社は限られてくる。
やっぱりこの世界がいい。魑魅魍魎がうごめく中、ひっそり紛れていれば生きやすい。
「先のことはわからないですけどね」
俺は当たり障りのない返事をした。
深い底にようやく足が届いた、そんな気がした。
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