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「3千万からいこうか」
ひと通り試食が終わってオークションが始まった。
ぐったりしている礼二はそれでも「もっと・・・」とつぶやいている。もう自我はなさそうだった。
メガネの男が手首を縛っていた縄と首輪をはずして服を着せ直した。買う気はなく遊べればいいと思って参加している男もいて、売れるかどうかはまだわからないらしい。売れ残ったらどうなるんだろう。
「倍の六千万でどうだ?」
店内がざわつく。ずっと『可愛い』と言い続けていた男だった。
「ほかには?」
男たちはお互い顔を見合わせて首を横にふった。
「じゃあ決まりで」
首輪と縄を大きな鞄に入れながら礼二を抱えた。
「今から一緒にATMに行って振り込みを確認したら渡します」
買い取った男は急いでクルマを回すように電話で指示していた。
ぞろぞろと外に出ていく男たちの間から見えた礼二はもう「礼二」ではないんだろう。変態金持ちのおもちゃになって、飽きたら捨てられるかほかに売られるか。
「けっこう高く売れたなあ。そんな価値ある奴とは思わなかったけど」
背伸びをしながらシンが言う。
今まで微動だにしなかった桐崎がシンの腕をひっぱり床を指差した。
「ナリ、今夜は臨時休業して明日業者呼んで掃除しようよ。みんなは?」
「遅く来るように言ってある」
「シュウ君だけ連絡ミス?」
忘れられていた事に少し傷つく。
とりあえずこの場にいるのが居心地悪い。見てはいけないものを見てしまったし口封じ的なことをされるのだろうか。
「ごめんシュウ君。今日はもう帰っていいよ」
店長が力なく言う。暗に出ていけってことなのか、確かにこの後仕事するのはキツイかもしれない。
忘れられていたことも引っかかった。
「失礼します」
逃げるように店を出た。
やっぱり店長の言う通り早くこの世界から足を洗ったほうがいいのかもしれない。その割に俺に連絡をくれなかったりいい加減だなと思う。
誰も信じられないってことだけは身に染みた。
上澄みにいたつもりがいつの間にか深淵にたどりついていた感じがした。
浮上するためもがくか、底にたゆたっているか。
あれだけの醜態を見ても心が動かなかった自分がいた。ほかの人はどんな反応をするのだろうか。自分と同じように不感症なのか拒絶するのか、聞いてみたい気がする。
今は答えが出せなかった。
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