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「どうぞ」と言われて入った部屋は暖かくて電気もテレビもつけたままだった。
連絡を受けてこのまま飛び出した感じで先輩が相当慌てていたのがわかる。
適当に座っててと言って先輩は冷蔵庫を開けていた。
「・・・お邪魔します」
広いリビングは家具もおしゃれで窓から見える夜景は綺麗だった。
ただ部屋は荒れていた。転がる酒瓶、たたんでいない服が山盛りになっていてカーテンもはずれそうになっている。
そしてテーブルの上には錠剤がばらまかれていた。
俺より4つ上な先輩の名前は森本泉で「いずみサン」と呼ばれている。そういえば店のメンバーはほとんど本名だ。俺も愛称なだけで特に考えた名前ではない。
「はい」
泉先輩はドンペリを2本持ってきた。グラスはひとつだけ。
取り忘れたのかなと思っていたらいきなり瓶ごと一気に飲みだした。
半分くらい飲んで荒々しくビンを置いて、改めて俺のを開けてグラスに注いでくれる。
一瞬のことでひるんでしまった。
「俺が見たのもだいたい同じ光景」
「・・・」
「エッジの店員。その欠員を探していてシュウ君が採用された。災難だったね」
「友人は評判のいい優良店だって紹介してくれました」
「外と中は違うからね」
これは先輩は泥酔して潰れるなと思って俺は意識を無くさないようにゆっくり口に含んでいた。
どんな高級なものでもシャンパンがおいしいと思ったことはない。誕生日や周年で飲む儀式みたいなものだと思っている。
店で行われたオークションがよほど衝撃だったのか、高級品にかこまれても先輩は幸せそうに見えない。
空になったグラスに注いでくれて泉先輩は瓶ごと酒をあおる。
「俺はこの仕事に向いてると思いますか?」
唐突に聞いてみた。
「今は向いてないね」
瓶を置いて真剣な顔で答えてくれた。案外酔っていないのかもしれない。
「どういう所がですか?」
「色気がない」
予想外の返答が来て戸惑った。雰囲気の問題ならいくら頭で考えても自分ではわからない。
今まで出会った人でそれを感じたのはシンと桐崎。
そして目の前にいる、酔ってきた先輩がまとう空気が正解なんだろうか。
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