きっかけ

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謎の扉を開くように慎重に入ったその空間は「普通」だった。 「失礼します」 そっと簾をよけて中に入ると男性が二人、黒いソファに座っていた。 店長の趣味なのか、ゴシック調の内装の中でここは格別主張が強い。 足を大きく開いて指を組んでうつむいている男と、寄り添うようなもうひとりの男。 「ありがとう、受け取るよ」 その一人がわざわざ立ち上がって皿を受け取ってテーブルにおろした。 「すいません」 取皿を並べながらついその顔を見てしまう。 少し長めのブラウンの髪が似合う人当たりのよさそうな綺麗な人。 そしてもう一人。 右側の目を隠す長めの前髪、何とか見える左の眼の視線は鋭い。 だがどこを見ているのか、それは虚ろだった。 鋭い美貌としか語彙の少ない自分には表現できなかった。 後から店長がアイスを持って入ってくる。 「シュウ君、ありがと」 後は俺がするから、と言って店長が俺を下げようとすると 「ナリ、この子を全然紹介してくれないのってなんでよ」 ブラウンの髪のほうが座りながら店長に言う。 「まだ染まってない子なんだからいいだろ。お前らみたいに手遅れにならないうちに帰してあげないと」 どういう意味だろうと考えていた時入り口あたりがざわついた。 「おい!山中元気か?」 「うわ、警察連中来た」 警察、と聞いて俺は不安になった。 「こういう時の桐崎だぞ、地蔵してないで働け」 不安な俺、イラつく店長、笑顔な男。 そして桐崎と呼ばれた、謎の男。 「警察ってあんなガラ悪いんだ・・・」 思わず口走ってしまった俺を見て店長が苦笑いした。 連中はお客様の視線の防御を破壊しながらこちらに一直線にやってきた。 「よおカタメ、元気か?まだ生きてるとは運がいいな」 酒臭い息で大声を挙げられるとうっとおしい。 「幸運の女神様もいい男には弱いらしいよ?」 さっきお皿を受け取ってくれたブラウンの男が笑顔で言い返す。 「お席はあちらにご用意しますからどうぞ」 「いや、すぐ出ていく」 警察の一人が腕時計を見せつけてきた。 営業時間で嫌味を言いに来たのだろうか。ヒマなやつら。 右目を髪で隠している寡黙な男を見下して 「最近はおとなしいな。神様に恋でもしたか?」 男は何も言わない。かわりに隣の男が答える。 「そうなの、フラれたばかりだから落ち込んでるの」 「お前に聞いてるんじゃねえ、こっちのカタメだ」 警察も酔っ払えばただの痛客だな。なまじ権力を持っているからタチが悪い。店長はさりげなく俺を後ろにして盾になってくれている。 「お前耳まで聞こえなくなったのか?目と耳でトンネル貫通だな」 「一緒にテープカットしましょうか。今度テープとハサミ持ってきて下さいよぉ」 飄々として挑発に乗ってこない男に舌打ちして 「お前らの首は俺たちにかかっているんだからな。今のうち飲んどけチンピラ」 捨て台詞を吐いて来たときと同じく騒がしく出ていった。 どっちがチンピラだよと内心毒づく。 店長は、ふう、ため息をついた。 その時ようやく男が動いた。今まで警察と対峙していた隣の男に何か耳打ちする。 顎のラインが綺麗だった。 「シュウ君ごめんね、よかったら1杯飲んでって。ナリも座れ。お前すごいモテない顔してるぞ。今戻ったら変なあだ名でしばらく呼ばれるよ~」 そう言ってテーブルにICレコーダーを置いた。 「聞き返して笑おうぜ」 空いているグラスにアイスを入れながら「ウイスキー大丈夫?」とシュウに声をかけた。 店長をちらっと見る。 「いただいて」 「すいません、いただきます」 おずおずと座ると店長に肩を組まれた。 「あーもう!うざい!桐崎お前なんで動かないんだよ」 「存在するだけで充分威圧できるよ。実際そうだったろ?俺だけじゃ追い返せない」 仕事中だから薄めにね、といって作った水割りをコースターに置いてくれた。 その間もとなりの男が耳打ちする言葉を首をかしげて聞いている。 「お茶の水割りがいいの?大丈夫、こいつ裏で薄めて持って来てるから。元々薄いよ」 はい、と言って氷多めの烏龍茶を男の前に置いた。薄めてねーし!と店長が噛み付く。ウイスキーをお茶で割るのかと思ったら、ただお茶を水で薄めるだけだった。 「しかし差別用語ばかり言いやがって。警察の威信も地に落ちたな」 「元々そんなのないんだから仕方ない」 言葉のやり取りの意味がわからないまま、居心地の悪い席でおとなしくしていた俺に気がついて 「ナリ、シン、カナメ」 店長、自分、となりの男を順番に指差していく。 その指でカナメの長い前髪をすくって右目を見せてきた。 そこには「目」がなかった。 俺は息を飲んだ。 「重要の要と書いてカナメなんだけど、片目がないからカタメ」 前髪を戻して手ぐしで整える。その間少しも動かずされるがままになっているのも不思議だった。 「俺の命の恩人」シン、と名乗った男が要の髪を梳く。 綺麗な指だった。 週明けの情報番組で聞き覚えのある会話が聞こえてきた。警察の暴言が延々と繰り返し放送される。 俺はシンがテーブルに置いたレコーダーを思い出していた。
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