きっかけ

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その日は少し早めに店に着いてしまいドアを開けると鍵がかかっていなかった。 中にはカウンターに座ったシンと、隣に見知らぬ男、カウンター内に店長がいて、漂う重い空気に入っていいのかどうか戸惑った。 「おはよう。早いね」 店長が声をかけてくれてやっと我にかえって 「・・おはようございます」 微妙な空気の中、店に入った。 「あいつクビが飛んだぞ。リークするなら俺に一言欲しかったな」 中年の男がシン相手に問い詰めている。 「もみ消されるのわかっててそんな事すると思う?それに今時あんな風体の警察官ってどうなの。どう見てもあっちが悪い人に見えるよ。営業妨害だ。まあ解雇されるとは思わなかったけど。身内には甘い組織ですからね」 荷物を置きながらなんとなく聞き耳を立ててしまう。 店長が俺の頭をボタンでも押すようにして座らせて二人でカウンター内に身を潜めた。 「あれは第四課、通称マル暴。この前のチンピラ刑事の上司で、シンがリークした音声について文句言いに来てる」 シンが相手をしていたガラの悪い奴とは違ってこの男はサラリーマンといっても通じそうな感じの雰囲気だった。 「なんかマズイ事になってるんですか?」 別に悪いことを言っているわけではないんだが店長につられてコソコソ小声で話す。 「放流されたほうが面倒だろう」 「むしろ消しやすくなりましたよ」 「お前な・・・」 警察のほうがシンに押されている。 「どうせどこかのボディガードにでもなるんじゃない?めんどくさくなるのは警察だろ。首輪つけとけばよかったのに面子なんか気にするからややこしくなって結局桐崎に押し付けるんだ」 シンも警察も引く気配はない。 「店長、水掛け論になってませんか」 「とりあえず開店準備しとこう」 「おはようございまーす!」 膠着状態になっている時、店員の一人が無駄に元気な声で入ってきた。 「あ、新堂さんいらっしゃいませ、早いですね!」 「礼二ぃ~、空気読めっ」 カウンター下で店長が頭を抱える。 「今日は桐崎さんご一緒じゃないんですか?この前カッコよかったなあ」 媚を売っているのがあからさま過ぎて笑えない。めんどくせえなと言いながら店長はさらっとメモを書いて 「礼二クンこれ注文しといてくれる?」 お酒の名前と本数を書いた紙を渡して二人で立ち上がった。 「はーい。あれ、シュウ君早いね。どしたの?」 かわいい笑顔で話しかけてくるがその目は笑っていない。この前奥の席に呼ばれたことが気に入らないようだ。だが俺に嫉妬と敵意を向けられてもどうにも対処できない。 店が開店準備で忙しくなってきたのを潮時と思ったのか刑事が立ち上がった。 「そろそろ行くわ。ナリ、邪魔したな。今度飲みにくるから」 「お待ちしています」 店長の背中に『絶対来るな』と書いてある。 「店長、グレンフィディックがないそうです」 礼二が顔を出す。新堂にわざと聞こえるように無駄に大きな声で言った。 「新堂さんがよく飲んでるウイスキーですもんね。ないと困るんですけど」 「じゃあほかの店全部確認して。あれば取りに行ってくれる?悪いね」 「ええー?」と言いながら電話番号が書いてあるリストを取って奥に引っ込む。 「俺も手伝ってきます」 続いて奥に入る。店長と新堂さんは何か話している様子だった。 「お前さあ、この前桐崎さんと何話してたの?」 来たか、と思いながら絡んでくる礼二を見ないままリストを眺めて電話番号を押す。 「何も話してないよ。警察来てそれどころじゃなかったし」 「じゃあ新堂さんとは?」 電話がつながったので指でシーっと合図した。 「俺は負けないからな」 その前に仕事しろよと思いつつ無表情で電話をかけていく。 礼二のほうが先に探し当てた。配達してもらえる店だが店長が「取りに行って」と言ったので礼二はコートをはおる。 「そういえば桐崎さんはお酒飲まないの?」 「あまり飲んでる所見たことないね。ソフトドリンクばっかり」 そんなことも知らないのかと礼二は嘲るような顔で俺に言った。 「飲めそうな感じだけどなあ。遠いから気をつけて」と俺が声をかけると 「お前調子にのるなよ」 そう言いながら出かけて行く。新堂と店長の前では愛想のいい笑顔で通り過ぎていった。 瓶を割らないように気をつけろって意味だよ。 喜怒哀楽をはっきり出す人間は苦手だ。特に嫉妬なんかされてもどうしようもない。 当たり前の事だがいつも笑顔で店員を上手に使う店長がすごいと思った。
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