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日付けが変わる頃から店は忙しくなる。
仕事が終わったお客様が立ち寄ってくれてお酒を飲んだりカラオケをしたり、自由に遊んでくれる。
カウンターに一人で飲んでいる新堂を見かけるたびに
「今日はレアケースだわ」
大袈裟に驚いでみせながら特に絡むことなく座っていく。新堂はその都度適当に愛想よく笑って流していた。
店長もすごいがこの人もすごい。
元々ホストでもしていたのだろうか。聞いてみたいがあまりプライベートに突っ込むのも失礼かと思って質問できない。
「そろそろ来るかな」
新堂は腕時計を見て入り口のほうに視線を送った。
「今から桐崎さんいらっしゃるんですか?」
「多分。礼二くんもよかったら飲んで」
「ありがとうございます!新堂さんと飲めるなんて幸せだなあ」
「いつも頑張ってる礼二くんと一緒に飲めるなんて俺も幸せだよ」
新堂さんも上手だなと感心しながら俺はカウンターの端でお客様の相手をしていた。
店長が烏龍茶を持ってカウンターに入りボトルを取って席を作る。
「もう来るって?」
「電話もらった。そろそろ着くだろ」
話しているうちにドアが開いた。外から冷気が入ってくる。
桐崎が女性をエスコートして入って来た。
普通に驚いた。
「いらっしゃい。今日はマダム同伴?」
「そうなの。同伴してくれたからお礼に」
桐崎と、その妖艶な女性のコートを預かってハンガーにかける。
「ありがとう」
女性のほうが声をかけてくれた。桐崎はあいかわらず言葉少なげで、それでも少し頭を下げてくれた。長めのマオカラースーツが中国マフィアみたいな雰囲気を醸し出していて似合っている。
新堂を真ん中に挟んで二人は席についた。
「案件は済んだ?」
「おかげさまで助かったわ。シンにお返しします」
「俺のじゃないけどね。で、どうなった?明日のネットニュースに載るような感じ?」
「見つかったらね」
「えええ?マダムでも手に負えない問題だったの?」
礼二が女性のブランデーをロックで出しながら馴れ馴れしく話に突っ込んでいく。
「マダムって呼ばれると歳を感じるわあ。チェイサーもよろしく」
にっこり笑って礼二を追い払い店長を呼んだ。
桐崎はあいかわらず無言で座っている。話があるときは新堂経由だ。
「ハイ烏龍茶の水割り」
「うわーナリも執念深いな。冗談で言ったのに。もう許して」
不意に桐崎が新堂の首筋を軽く噛んだ。
「痛い痛い痛い。ごめん、いじめてるわけじゃない」
「俺の店でイチャイチャすんな」
俺はつい聞き耳をたててしまっているが話の内容が全然理解できない。
「私の店をトンで無事でいられると思うなんて甘いわ。まだ若い子だから高く売れたからそれでいいけど。桐崎の姿を見たら誰も文句言わないから簡単に事は済んだ。謝礼ははずむわよ」
なんだか物騒な事をさらりと言っている。
「桐崎さんはやっぱりすごいなあ。憧れます」
そこに突っ込んでいく礼二は違う意味で凄いと思う。
人間には裏表がある。
優しそうな人ほど冷酷な本性があることを後で知るような予感がする。
今はまだこの世界の上澄みにいる。ここで抜け出せば無事でいられるのかな。
だが好奇心のほうが強かった。
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