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一難去ってまた一難というのか、数時間たってから金子から連絡が来た。
「今からお邪魔したいのですが、誰か事務所にいらっしゃいますか?」
「ええ、3人いますけど忘れ物ならお届けしますよ」
誰か立ち会って欲しいと言って通話が切れた。
「何だろう?」
首をかしげて桐崎が不思議がっている。シンが怯えた顔をしてうつむいた。
「そんなしつこい人じゃないから何度も同じ事を言いにこない。シンへの釘刺しはあれで終わり。他になにか用事があるんだろう」
すぐに金子が事務所に入ってきた。返り血を浴びた服を着替えて淡い色のセーターにジーパン、スニーカーでやってきた。髪を肩で切りそろえて見た目はあいかわらず地味な感じだった。
その後ろから防護服を着用した人間が数人入ってくる。
事故物件などを掃除する特殊清掃の人たちだと後で桐崎に教えてもらった。
「血が飛び散りましたので消毒と掃除を依頼しました。部屋の一部ですが人体に危険な薬剤を使いますので終わるまで外に出ていただいて欲しいです」
さっきはタオルで床をふいた程度だった。臭いも気になるし外で待つことになった。
外出する準備をしていると防護服の人たちがさっそく仕事を始めている。
ここで何が起こったのか知っているのかわからないが無言で掃除し始めた。おそらく金子がよく依頼する事情のわかっている人たちなんだと思った。
「ちょうどお昼だしどこか食べにいきましょうか」
桐崎が明るく言いながら近くの喫茶店に入った。ランチタイムなのでどの店もメニューを書いた看板を道に並べている。
少し暗い間接照明の店の奥に座る。この席は他から隔離されてテーブルが大きい。金子はこういう雰囲気が好みなのだろうか。入り口を確認するのは当然だが、木目調の内装をひとまわり見て表情がゆるんだ。
「あんなに暴れるつもりはなかったのですがつい頭に血が登ってしまって・・・。ご迷惑をおかけしました」
深々と頭を下げる金子を俺は不思議な光景として見入ってしまう。
冷静に淡々と拷問をしたと思っていたが怒っていたのか。無表情な顔からは判断できなかった。
「掃除まで手配してもらってお気遣い申し訳ないです」
桐崎も頭を下げる。どっちがタヌキなのか、両方そうなのか不思議な光景で小芝居を見ている感じがする。
あれだけ凄惨な現場は慣れているのか金子は食欲旺盛でランチのほかに別のものをオーダーしていた。
地味な見た目は本性をかくすカバーで心に獰猛を飼っている、それが金子の正体で屈強な男たちでもその名前を聞くだけでおとなしくなるのも納得できた。
「うちの新堂がどうしてもシュウ君に戻ってきて欲しかったみたいで、父親の借金を肩代わりするかわりに脅迫したんです。俺は嫉妬で気が狂いそうですよ」
さりげなくシンの動機と結果を茶化しながら言った。金子はシンが大金を動かした理由を知りたがっていた。ここで一つクリアさせる。
「シュウ君は手に入る、親父さんは借金を返せる。一石二鳥だと思ったんですけど、まさか大金を持って逃げるとは新堂も思ってなかったみたいで問題がややこしくなりました。申し訳ない」
桐崎の言葉を信じているのかわからないが金子は小さく頷いた。
「いざとなったら俺の実家に泣きついてみようかと思っています。お小遣いちょうだいって」
そういえば桐崎父は国会議員だった。
金さえ手に入れば文句ないだろうという不敵な態度だった。
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