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店長は無言でシンを睨む。
「電話出ろよ」
「桐崎が頭痛で寝てたからスマホはリビングに放り投げてた」
ピリついた空気が流れて俺は居場所がない。
前に店長が言っていたように、ずっと側から離れなかったのかな。
「礼二をどうするんだ」
「まだ誰も何も言ってこないから放置しといていいんじゃない?ナリはどうしたいの」
「・・・」
店長は無言だった。
「シュウ君は信じてた人に裏切られたらどうする?」
不意に話をふられた。
「俺は・・・、悲しいけどあきらめて忘れるようにします」
「彼女が二股かけていたら許せる?」
シンは俺に答えさせて店長を説得しているような気がした。
「距離を置きます、多分」
店長はうなだれて何も言わない。
「難しいよね」
シンは店長の背中をさすりながら
「俺は恩を仇で返す奴は嫌い。あくまで個人の見解です」
そろそろ先輩たちが出勤してきた。心配そうに店長を見ながら準備し始める。
「今日はコイツを潰すからみんな力を貸してくれる?」
シンは従業員全員に聞こえるように叫んだ。俺も先輩たちもほっとして空気が変わる。『頑張れ』と言わないのがプレッシャーを感じさせなくて相変わらず人を使うのが上手い。
店長を引きずるように簾の部屋に移動していくシンを追いかけて今さらながらおしぼりとウイスキーを持っていくと
「ありがと」
いつもの笑顔で受け取って
「準備できてたら生ビールふたつもらえる?今日はガチで飲むから」
「急いで持ってきます」
「仕事増やしてごめんね。お客様来ないうちにみんなも1杯飲んでガソリン入れよう。こいつのおごりで」
その時やっと店長が顔を上げた。
先輩たちに伝えると「いただきま~す!」と大きな声でお礼を言った。
「あいつら現金だな・・・」
俺がビールを運んでいくと店長が違う意味でうなだれていた。
「葬式みたいな空気でお客様むかえる気か?飲みたくない子もいるだろう。でも無理に明るくして合わせてくれてるんだよ。いい子に恵まれてるじゃん」
俺はそっと離れた。
平日で天気も悪く客足は少なかったがシンが売上を支えた日だった。
閉店時間になって簾のむこうを覗くとソファに倒れている店長と平然と座っているシンの姿があった。
「そんなに飲んでないんだけどね。疲れてたのかな」
確かにそれほどお酒を運んではいない。
「マダムにずいぶん綺麗事言ってたみたいだけど本音は犯罪の片棒をかつぎたくないだけだよ」
ここに来る時すれ違っただけのように言っていたけどしっかり話してたのか。
「シュウ君にも能書きたれてたでしょ。話半分に聞き流しといたほうがいいよ」
シンが呼んでいたタクシーの運転手がドアを開けた。
「行くね。酔っぱらいを部屋まで運ばなきゃ」
ぐったりしている店長を抱えて、店の鍵を預かっている先輩に何か話して出ていった。
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