自覚

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自覚

朝まで待ってから先輩を起こして部屋を後にする。 送るよ、という声を振りきって自分で帰ろうとしたのはけだるい雰囲気に圧倒された。 あれが先輩の言う色気なのだろうか。 人の裏表。 普段は優しいシンも一皮めくればおぞましい本性を隠している。店長の話も綺麗事で裏では先輩を陵辱して何の罪悪感もなさそうだ。 悪が正義。日の当たる世界の常識が通じない。 想像以上に自分が世間知らずなんだと打ちのめされた。 『やっぱりこの世界は向いていないんだな』 でも先輩の言うことが正しいなら口止めのため店を辞められないだろう。 あっさり放り出されるのも癪に障るが・・・。そうだったら俺は完全に舐められている。 小さなプライドを守るために店に出勤した。 カウンターにシンが座っている。店長と二人きりになるのは正直気まずかった。でもこの人に会うのも気が重い。 一気に居心地が悪くなった。 「シュウ君ってさ、メンタル強いよね」 頬杖をついて笑顔のシンが呟いた。 「泉クンみたいに壊れちゃうのかなと思ってたけど出勤してきたってことは何かを覚悟したんじゃない?」 「・・・鈍感なんです、俺」 「どうやって懐柔しようか考えてたんだけど。なにか欲しいものある?」 俺の言葉を聞くつもりは一切なくて美味しい餌で釣ろうとしていた。 先輩と同じやり方で。 「自分に欠けてるものが手に入ればいいんですけど」 「それは何?」 「きのう泉先輩に相談してたんです。そしたら俺に足りないものは色気だって言われました。それが欲しいです」 ただ難癖つけているだけなんだが。 人間物欲だけじゃないぞと挑発してみたくなった。 「簡単だよ。不幸になればいいだけ」 腕を組んで俺を流し目で見る。 「ナリが余計なこと言うからシュウ君悩んじゃってるじゃないか。真面目な子は何でも頭で考えて答えを探すんだけどそれじゃ見つからないよ」 「先輩の生活は俺からみたらうらやましい贅沢です。でも幸せには見えなかった」 「だから綺麗なの」 その感覚が俺には難しい。 「でも泉クンの言ってることは的外れ。君はどちらかというと桐崎みたいな心に何も突き刺さらないサイコパス」
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