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「わ、もつ鍋だ。おいしそうだね」
鍋を覗き込んで笑う泉は、もうだいぶアルコールが回っているらしい。
目が潤んでいて、頬は紅潮している。
やばい。エロい。可愛い————
「泉さん……おいしそうですね」
心の中の声が思わず出てしまい、史人ははっとしたが、泉は頷いただけで、気にも留めていないようだった。
助かった。もつ鍋の話をしていてよかった。
「家ではもつ鍋なんてしないから、久々だな」
「奥さんは、作ってくれないんですか?」
史人からのプライベートな質問に、泉は目を瞬かせた。
そんなことを聞くつもりはなかったが、可愛い泉を見ていたら、もう少し素の姿を引き出したくなったのだ。
少しだけ。
少しだけなら——ペナルティの対象にはならないだろう。
「あー……。あっちも、っていうかあっちのほうが仕事が忙しくてね。海外出張も多いから、ほとんど一緒にごはん食べたりとかできないんだよ」
「じゃあ、普段の食事はどうしてるんですか」
「買ったり、外で食べたり、適当だね。なんか、独身時代とさして変わらないな」
大して広げたくもないのだろう。
泉は曖昧に笑ってビールを煽った。
すれ違いの毎日で、一緒に食事を取ることさえできないのなら、セックスもしていないのだろうか。
ふっとそんなことがよぎり——頭を振った。
「シャツ、いつも綺麗にアイロンかかってるから……奥さんにしてもらってるのかと思ってました」
「ああ、これ? クリーニング屋さんにお任せ」
よく見てるね。
付け足すように言われて、史人ははっとした。
やや踏み込みすぎてしまったようだ。
「あ、鍋ができましたね」
史人はタイミングよく沸騰してくれた鍋の火を止め、おたまを持って前屈みになった。
慌てていたから、むわりと昇る湯気のことを忘れていた。
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