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園部の、語尾を伸ばしたアホっぽい声が店内に響き渡り、史人は貧乏ゆすりをしそうな衝動を堪えた。
彼は、トークにおいてオチは重んじるらしいが、ウィットとか上品さは皆無で——ただただ、馬鹿話を延々としているのだった。
こういうやつに限って声だけはやけに響くからタチが悪いのだ。
前を歩いていたサラリーマンのカツラが飛んでいった話はどうでもいい。
声をかけてホテルに誘った女の子のスッピンが能面みたいだったことなど、さらにどうでもいい。
お前の好きな女子アナの話なんざ、クッソどうでもいいんじゃあぁぁ!
心の中で悪態をつきながら、酒だけが進んで仕方ない。
相手は泉、仮にもクライアントだ。
合間に気軽な話題を挟むのはいいが、そんな話ばかりを1時間も——なにを考えてるんだ。
いや、なにも考えていないのだろう。
馬鹿部だから。
泉は馬鹿部の話に相槌を打ち、お愛想程度に笑いながら——時々、史人を見た。
その度に史人はうろたえて、結局、アルコールに逃げてしまうのだった。
「聞いてんのかよぉ、ふしだらぁ」
酔った勢いで、馬鹿部が肩を組んできた。
不名誉なあだ名を、よりによって一番知られたくない相手に晒されて、史人はその馬鹿面を睨みつけたが——こいつが相手だと、暖簾に腕押しである。
「ふしだら?」
泉が反応する。
馬鹿部は、泉が食いついてきたのが嬉しかったのか、あだ名の由来を嬉々と語りはじめた。
名刺のアドレス、見ました?
気づかなかったんですかぁ、泉さん。
おい、ふしだら。名刺出してみろよ。
———馬鹿部、死ね。
調子づいて声を張る馬鹿部を前に、史人の飲むペースはますます上がった。
飲みすぎないこと——それは優太との約束のひとつだったが、もう知ったこっちゃない。
馬鹿部が悪い。
最悪の事態になったら、馬鹿部に腹でも切らせて、責任を取らせればいい。
「へー、本当だね。気づかなかった」
泉は名刺を見て、笑いはしなかったが、変に
感心していた。
園部はきゅうりの浅漬けを咀嚼しながら、史人をさらに嘲弄した。
「ウケますよね。こんなガリでヒョロでメガネなのに、ふしだらって。ザ・童貞って感じなのに」
————クソ部。
この野郎、今すぐ鉄の処女に入れてやる。穴だらけになって死ね。それか鋸挽きか八つ裂き。
不快な笑い声ときゅうりの咀嚼音が混ざ合い、このうえない不協和音となって史人をうんざりさせる。
泉の困ったような顔が視界の片隅に入って、史人はますます萎縮し、アルコールに逃げるしかなかった。
——その時、クソ部のスマートフォンが鳴った。
画面を見るなり、「やべ」とだけ呟いて立ち上がる。
おそらく先程までクレーム処理をしていた相手からなのだろう。
「すみません。ちょっと電話してきます」
頬を赤くしてゲラゲラ笑っていたのが一変、顔面蒼白である。
お前には罰が降ると思っていた。
クレーム処理という名の、鉄の処女に入ってこい。
しょげながら出て行ったクソ部をせいせいした気持ちで眺め、すっきりしたのも束の間———向き直し、泉と目が合った瞬間、その快感はかき消えてしまった。
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