取引先のあの人

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「すみません。馬鹿みたいな話ばっかり……」 眼鏡のブリッジを人差し指で押し上げながら詫びると、泉は首を横に振った。 もはや彼にとっては、3人でいるときの会話の内容など、どうでもいいのだろう。 現に、ふたりきりになった瞬間——ビジネス上でいつも見る穏やかな顔ではなくなった。 ふだん制圧している、泉本来のもつ雄っぽさが、滲み出ているような感じだった。 「設楽君は恋人とかいるの?」 彼女と聞いてこないあたり、泉はやんわりと察しているのかもしれない。 「いないです」 「モテそうだけどな。さっき園部君はあんなこと言ったけど」 どうしたらいいかわからず、とりあえず首を横に振ると、ふたたびビールを煽った。 「眼鏡外したときなんか、特に———」 ジョッキを置こうとしたとき、眼鏡というワードに反応して、手元が滑ってしまった。 中に入っていたビールは少なかったが、テーブルの上に小さな池をつくってしまう。 「すみません。泉さん、濡れませんでしたか?」 「俺は大丈夫。設楽君は?」 テーブルの縁にまで達したビールがネクタイを濡らしていた。 泉が差し出してくれたおしぼりで押さえてみたが、やはり、匂いが気になる。 「濡れちゃったみたいです……」 史人はネクタイをつまみ上げながら、ゆっくりと立ち上がった。 「ちょっと洗ってきますね」 ——ちょうどよい口実ができた。 泉も自分も、相当にアルコールが回っている。 このままふたりきりでいたら、どうなるかわからなかった。
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