取引先のあの人

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トイレは小綺麗で、洗面所の奥にひとつ、個室があった。 男子用なのに小便器はなく、洋式しかないらしい。 個室と洗面所、両方の扉に内鍵が付いていたが、用を足すつもりはなかったので、施錠はせずに洗面台へと直行した。 ——だいぶ、顔が赤いな。 ついでに、自分の顔をまじまじと眺めてみる。 鼻筋は通っているが、特にこれといった特徴はない。 泉は自分のなにを見て、モテそうだと言ったのだろう。 ため息をついてから水栓のコックをひねった。 ネクタイを洗う水の音と、アルコールでぼんやりとした頭のせいで、背後の気配に全く気づかなかった。 洗い終えて顔を上げると——いつのまにか後ろに泉が立っていた。 思わず声を上げそうになったが、泉の熱っぽい目線を鏡越しに受け止めたせいか、喉の奥に引っ込んでしまった。 「あ、すみません」 個室のドアに干渉しないよう端に寄ったが、泉は動かない。 もっとも、彼がトイレを使いたいわけではないことくらい、わかっていたけれど。 「泉さん……?」 そして、内鍵を回す音だけが静かに鳴った時——史人は抗うのを止めた。 所詮、自分に綺麗な思い出など似合わないのだ。 今までの人生で、そっとしまっておきたい美しき記憶など、果たしてあっただろうか。 思い浮かばない。 ならば——欲望に忠実になることだ。 目の前には死ぬほどタイプの男がいて、自分は友人に牽制されて禁欲中で。 つまり、渇望しているのだ。 泉のカラダを————
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