取引先のあの人

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「どうしたんですか。飲みすぎちゃいました?」 史人が話しかけても、反応しない。 泉の目は一見、とろんとしているようで、深部ではひどく動揺しているのがわかった。 「設楽君って、俺のことどう思ってるの?」 「どうって……信頼できるし、尊敬しています」 洗い終えたネクタイを丸めて、ポケットに入れる。 「そう、なんだ」 泉の目が——節目がちに泳いだ。 たぶん、彼の聞きたいのはこういうことではない。 史人はそれを折り込み済みだった。 関係をもつ前のストレートの男性は、大概、こういう反応を示す。 秘められていた自分の欲望の萌芽に戸惑って——— だから史人は、優しく引き寄せてやる。 胸の奥底にしまってあるたいまつに、欲情を灯してやるのだった。 「仕事を抜いても——好きですよ」 「え?」 「セックスしたいくらいに」 一歩近づいて耳打ちをすると、泉がはっと顔を上げた。 その目はやはり発情している。 「泉さんは、俺のことどう思ってますか」 「わからない……」 手を取ってみても、泉は俯いたまま、目を合わせようとしない。 さんざ人を視姦しておいて、意外と頑なだ。 ——まあ、こういうのも嫌いじゃない。 史人は眼鏡を外して胸ポケットにしまうと、力の入っていない泉の指に、自らの指を絡めた。 「俺を見てください。泉さん」 耳たぶまで赤くしながら、泉が顔を上げた。 穏やかそうな瞳が、欲望で揺らぐのを見ていると、史人はもう我慢ができなくなった。 ——下半身にそっと触れると、泉が体を強張らせた。 「なんで何も言ってくれないんですか」 「設楽君、ちょっと……」 撫で回すと、あっという間に膨張した。 「すごい……。泉さん、もしかして欲求不満ですか?」 泉は史人の手首を掴んで、制止した。 その顔には義憤めいたものがにわかに浮かんでいて——史人は笑いそうになってしまった。 「俺は今、混乱してるから」 「へぇ……」 「それに結婚しているし、ゲイじゃない。関係をもったら……君を傷つけるかもしれない」 優しく諭すように言った。 しかし依然として下半身は、スーツの上からみてもはっきりとわかるくらいに反応している。 言葉と体が矛盾しまくりである。 「じゃあなんでわざわざ、こんなところにまでついてきたんですか」 「それは……」 「ふたりきりになりたかったんじゃないの。俺と———セックスしたかったんでしょ?」 睨み付けるようにして見上げると、泉は眉を潜め、史人を洗面台に押し付けた。 腰ににぶい衝撃が走ったが、怒りと興奮に支配された泉はまた魅力的で、史人の心は震えた。 熱い息が、耳にかかる。 もっと煽って怒らせて、剥き出しの泉を見てみたいと思った。
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