取引先のあの人

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「試してくれて、いいですよ」 「……なにが」 「泉さんは、奥さんとすれ違いで欲求不満なだけかも。俺に欲情するのは、ほんの気の迷いかもしれない。だから……」 手のひらで、ゆっくりと胸を撫でた。 「本気で言ってるの?」 頷くと、鼻っ柱が当たるくらいにまで顔を近づけた。 「味見してください」 泉の目の色が変わった。 理性が欲望の黒い靄に——完全に支配されてしまったかのように。 「ん……」 唇を勢いよくぶつけられて、歯が当たった。 まるで高校生のような、不器用なキスが——逆に史人を煽った。 背中に手を回し、自ら舌を差し入れる。 それを受け取った泉は、今度はとびきり優しく、絶妙な力加減で史人を操った。 荒々しさと、大人の余裕が交互に訪れるような口付けだった。 「ん、ッン」 洗面台の上に座らされ、目線の高さが合う。 舌を吸われ、下唇を喰まれて——史人の脳はもう、くたくたに煮詰められていた。 「あっ」 シャツのボタンを外され、下着をまくられる。 露出した平らな胸を見て、泉の動きが一瞬だけ止まった。 しかし——ひと呼吸もつかないうちに、胸の突起に口づけられて、史人は体をそらした。 「あっ……」 泉の後頭部にしがみつき、体を震わせた。 舌で転がされ、ときに強く吸われて——次第にわけがわからなくなってくる。 「は、ぁ……っンッ」 「胸、感じるんだ」 「ん、うんっ」 返事なのか、はたまた嬌声なのかわからない言葉が漏れた。 やがて、膝に泉の興奮を感じ取り——そっと圧迫すると、泉が息を飲んだ。 「泉さ、ん……」 名を呼ぶと、泉は顔を上げてふたたび口づけてきた。 意識ごと吸い取られてしまいそうな——上手な、大人のキスだった。 「もう、俺……」 たまらなくなって、史人は泉自身にふれようとした。 ——しかしそれは、機械的なノック音で中断させられた。 コン、コン、コン。 3回ゆっくりと叩かれ、2人はしばらく声を潜めた。 少しの間を開けて、また3回。 今度はやや、苛立ったような叩き方だった。 泉は夢から覚めたようにはっとして、体を離した。 「ごめん……」 「謝らないでください」 まるで、取り返しのつかない大罪を犯してしまったかのような反応だった。 しかし、史人はこういった反応にも慣れていた。 なんせ相手はストレートなのだ。 まずは、凝り固まった価値観を、ゆっくりと解すところから始めなくてはならない。 史人はシャツのボタンを直して洗面所から降りると、うなだれる泉にそっと耳打ちした。 「味見、どうでしたか」 「設楽く……」 「あとは、泉さんが判断してください」 言い投げてから、先に出た。 眼鏡をかけてから席に戻ると、馬鹿部が馬鹿面で待っていた。 「おせーよ、ふしだら」 キャンキャンとうるさいその声も、艶めいた余韻のなかでは、心地よいBGMのように思えた。
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