517人が本棚に入れています
本棚に追加
——泉とはあの後、店の前で別れた。
彼はなにか言いたそうだったが、史人はその隙を一切与えなかった。
そのまま後腐れなく別れる予定だったが、別れ際に店の脇に連れて行かれて——キスをされた。
「本当に帰っちゃうの?」
頬を撫でられ、囁かれて——史人は一瞬、心が揺らいだ。
「泉さんこそ、奥さんの待っている家に帰らなくていいんですか」
泉が押し黙った隙に、史人は体を離した。
——なにごとも腹八分目がいいのだ。
交わった後は、大抵、みんな名残惜しそうに史人を帰したがらない。
だけど彼らは朝になれば、まるでインプットされているかのように、巣にかえっていく。
この男も、久々の快楽を味わったことにより、熱に浮かされているだけなのだ。
「一緒にいようよ」
史人をものにした後の泉は、いつもの柔和な表情が崩れて、少し強引になった。
これが本来の彼なのだと思うと、たまらなく興奮して、一回きりというのが惜しくなってくる。
「史人って呼んでいい?」
こちらの牽制などおかまいなしに耳打ちされて、史人はくだけそうになる腰をなんとか踏ん張った。
あー、史人って呼ばれたい。
呼ばれながら、今の強引な泉とまたやってみたい。
喉元まで出かかった言葉を飲み下して、泉の胸を押した。
「もう、帰らないと……」
帰りたくねえぇぇぇ!
心の中で絶叫しながら、史人は控えめに言った。
しかし、この控えめな態度が男をさらに燃え上がらせることは、すでに体得していた。
「プライベートのほうの連絡先、教えてくれないの?」
教えたいぃぃぃぃい!!
歯を食いしばりながら、史人は困ったような顔を繕って、首を横に振った。
連絡先は教えない。
2度はやらない。
破ってしまったら、優太と史人の和親条約にひびが入る。
遊ぶためには優太の協力が必要だから、せめてこれだけは守らなくてはならない。
「俺は、不倫する気はありませんから」
きっぱりと言ってから踵を返すと、泉は追いかけてこなかった。
そう、それでいい。
——史人は誰とも深い関係になるつもりはない。
不倫で気力をすり減らす気もない。
ただ————
最初のコメントを投稿しよう!