取引先のあの人

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「そう、10月から大阪支社に転勤になるんだよ」 泉は、眉をやや下げながら、テーブルの上で手を組んだ。 ネクタイこそ締めていないが、シャツにはきちんとアイロンがかけられていて、清潔感がある。 奥さんが、かけてるのかな。 左手の薬指にはめられた結婚指輪を見ながら――ぼんやりと思った。 「残念です。泉さんには、入社時からお世話になっていたので……」 「そう言ってもらえて嬉しいな」 ゆっくりと話してくれるところが、史人は好きだった。 筋張った大きな手も、穏やかな目元も。 そう、しいて言えば――泉亮平のすべてがタイプだった。 「俺も残念だよ。設楽君と仕事できなくなるのは」 「本当ですか?」 「ほんとだよー。寂しくなるな」 社交辞令だとしても嬉しい。 史人は、顔が赤くなっていないか心配になり、やや俯いた。 その拍子に眼鏡がずれて、ブリッジを指で押し上げた。 「設楽君、コンタクトにしないの?」 ふいに投げかけられて、史人は頷いた。 「なんか苦手なんです。体に異物入れるの」 「異物って」 泉が笑った。 そもそもコンタクトなど入れる必要はないのだ。 ――史人の視力は両眼ともに2.0なのだから。 その抜群の視力で、壁時計を見た。 商談からすでに1時間が経過している。 打ち合わすべき内容はひととおり終えたので、出されたコーヒーを一気に煽ってから、机上の資料をまとめた。 「まだ後任がちゃんと決まってないんだけど、引き継ぎ次第、紹介するね」 ――次に来るのは、引き継ぎの挨拶のときかな。 椅子を引いて立ち上がり、先行してドアを開ける泉の、広い背中を見つめた。
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