取引先のあの人

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さて、今日の日替わりはなんだろう。 久々に生姜焼き定食にしようかな。 信号待ちをしながら、史人はぼんやりと考えてみる。 時計を見ると、すでに12時を回っていた。 カウンターしか空いてないかもなあ。 ぼんやりとどうでもいいことを思いながらも、やはり、先ほどの泉の顔が浮かんでくるのだった。 ————もったいなかっただろうか。 見た目もタイプで、体の相性もよさそうな泉と、これっきりというのも。 たまに大阪で会うくらいなら、よかったのかな。 そんな淡い疑問が浮かんできて、史人は首を振った。 いや、ああいうタイプはだめだ。 本気と遊びが区別できないから。 下手したら、泥沼に引きずり込まれてしまう。 信号が変わり、黒やグレーのスーツを着たサラリーマンが、一斉に動き出す。 史人もそれにならって歩き出した。 ——体を重ねてしまったことに、後悔がないといえば嘘になる。 時間を巻き戻して、きれいな思い出のまま、尊い泉のまま——保存しておけばよかったとも。 でも———— 「おいしかったな」 思わず独り言が出て、史人は慌てて周囲を見回した。     眼鏡のブリッジを指で押してから、足早に信号を渡り切った。 完
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