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エレベーターホールにつくと、いつも泉が下りのボタンを押してくれて史人がそこに乗り込み、会釈をしてから別れる。
そんな、テンプレート通りの別れを、今日もするはずだった。
いつも通りエレベーターのボタンを押して、泉は少し前に立っている。
最初のころは天気の話などをして場を繋いでいたか、慣れてきてからは喋らなくなった。
つまり今は、泉の体をじっくりと見ることのできる——唯一の時間。
史人よりも10cmは高いだろうか。
背中のラインやうなじが綺麗で、足も長い。
見納めになるならば、いっそのこと、穴が開くまで見ておこう。
凝視するあまり、開いたエレベーターから吐き出されてきた人々に気づかなかった。
出てきた側もまた、泉の影に隠れていた史人に気付かなかったらしい。
ここの社員と思しき男性の肩が顔にぶつかり——眼鏡がクッションフロアに落ちた。
「設楽君、大丈夫?」
ぶつかった相手はさっさと去っていったらしい。
衝撃で視界が霞んでいてよくわからないが、泉以外にはもう誰もいないようだった。
目頭を抑える史人を見て、泉が眼鏡を拾ってくれた。
「大丈夫です。すみません」
何度か瞬きをしたのち、顔を上げると、やや驚いたような泉の目が間近にあって――史人はたじろいだ。
「眼鏡を……」
「ああ、ごめんね」
手のひらを差し出して催促すると、泉は少し慌てたように眼鏡をのせてくれた。
それをかけ直したところで、違うエレベーターがきた。
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