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優太のため息がつむじにぶつかり、思わず目が泳いだ。
「それダメだって。絶対」
優太はビールの缶をテーブルに置くと、椅子にもたれかかった。
背丈のある彼が足を伸ばすと、史人のつま先辺りまで迫る。
身を縮めるように、史人は自分の足をそっと引いた。
「飲むだけだよ」
「飲むだけで終わるか?」
「……既婚者だし」
「ますますやばいじゃん」
なにも言い返せず、史人は口をつぐんだ。
「お前、ストレートの既婚者ばっかり狙ってると、そのうち刺されるぞ」
「別に狙ってなんかない」
——狙っているわけではないが、ラクなのだ。
既婚者なら本気でのめり込むこともないし、それに男同士であれば、ふたりきりで会っても相手のパートナーにはバレにくい。
ただ、史人だって、既婚者だからと狙いを定めているわけではない。
惹かれる相手が、たまたま既婚者ばかりなのだ。
「てかさ、フツーにゲイにしとけばいいじゃん。そーゆーとこあるんだろ? 二丁目? よく知らんけど」
「一回行ったよ。でも合わなかった」
優太は頬杖をつきながら、少し意外そうに眉を上げた。
「なんで合わないと思ったの?」
「いや、なんかマッチョとかさ、あんまり……。それに」
「それに?」
「なんか、隣に座ってたオネエみたいな人に身の上話したらさ、つまみ出されたんだよ。『このクソガキ、早く帰んなさいよ!』って」
笑い転げた優太が、視界から見切れた。
どちらかというと無口なほうの史人だが、このルームメイトには、たびたび笑いの起爆剤を提供してしまうらしい。
それは友達になった高校生の時から変わっていなかった。
「なにそれ。なんで?」
「知らないよ。なんか気に障ったんだろ」
相手に根掘り葉掘り聞かれたから、ありのままに答えてやっただけだ。
今まで付き合った男はノンケばかりで、既婚者が多かったということ。
そして、特に自分から求めなくても、そういう相手には困らなかったこと。
でも、とりあえず勉強のためにこの場に足を運んだこと。
結局、なにが彼の逆鱗に触れたのかは、わからずじまいだった。
モテ自慢と捉えられたのか、それとも既婚者というワードが地雷だったのか、はたまたガリでヒョロで奥手そうに見える史人の容姿が癪に触ったのか。単なる若さへの嫉妬なのか——-
最初はニコニコしていたのに、終盤の気迫たるや、恐ろしかった。
「とにかくさ、合わなかったんだよ。マッチョとバケモノしかいなかったし」
バケモノ!
優太は足を床に叩きつけながら笑っている。
気が済むと目尻の涙を指ですくいながら、座り直した。
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