5.町

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 ずっと詰めていた息を、はあっと吐き出した。  痕跡を残さないよう、飲まず食わずでここまで走った。村の(メス)たちがおいしいお店がたくさんあると言っていたから、町に入ればなにか食えると思っていた。けれど臭いにやられた。腹は減っているけど食う気分になれない。 「どうしよう」  呟いて、頭をくしゃくしゃ乱す。  こんな臭いところで、これからやっていけるだろうか。けれどここなら“あいつ(ベータ)”に見つかることはないだろう。いや、優れた“狩り(ルウ)”が来たって大丈夫だ。町じゅうがこんな匂いじゃ、俺を見つけるなんてできるわけがない。隠れるならここが良い。 「……そうだ。思い出せ」  気配を消す訓練をした時、感覚を抑えるやり方は学んだ。  狩りに出たとき見つけた獣に察知されないように、感覚を殺して存在を薄める。もし郷を脅かすものがいたなら、気配を薄めて郷へ知らせる。それも“狩り(ルウ)”の大切な役目だと教えられた。  それを思い出してみる。  ……まず感覚を薄める。気配が薄まる感じ。自分を薄める感じ。耳を閉ざし、鼻も閉ざして。  やってみたら少し楽になった。ホッと息を吐いたら感覚が戻ってきて、ウッとなる。 (失敗した。けど……なんとかなるかな……)  ふと水の方から気配が近づいてくるのに気づいた。ひと族の声も。顔を上げると舟が近づいてきていた。  郷にも川を渡る舟はあるけど、船を操る人狼の他に二匹しか乗れない。それと比べるとずいぶん立派な舟だ。馬車といい、家といい、ひと族はこういうのを作るのが上手い。  川岸にある板に舟を着けたひと族の(オス)何人かが板の上に荷を上げ始め、ぷんと魚の匂いがした。  魚の匂いが鼻を癒す。肩の力が少し抜ける。  荷揚げしてるひと族からも魚の匂いがしていて、なんだかホッとした。魚はあまり食べないけど、川縁(ここ)も臭くないわけじゃないけど、さっきまでよりずっと良い。(ここ)にもこういう場所があるんだ。  うん、頑張ればやっていけるかもしれない。  夜になって、少し元気が出たので魚を捕って食べ、そっと川で水浴びをして臭さを紛らわせた。村で貰った服も臭くなっているような気がして洗った。  次の日も、そのまた次の日も川縁にいた。少しずつ身体を慣らそうと町に入る。感覚を閉ざす訓練だ。疲れたり耐えられなくなったら、また川縁に戻る。  月が痩せて鼻が鈍くなってくると、だいぶ楽になった。  なので町を歩く時間を増やす。  歩いているとあちこちで雌たちが発情していて、飲み物や食い物をくれた。ときどき雄も発情していたのが不思議だったけどメシは貰った。  俺は学んだ。  発情しているひと族は、頼みを聞いてくれる。  発情に付き合うつもりは無い、けど利用はできる。これで生きていけるかも知れない。
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