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32.要たるもの
白いストンとした薄手の服を纏い、背を丸め頭を地につけて蹲っている。
これは服従の印。
嬉しげな声が響く。
「「「 目覚めに、お歓びを 」」」
「うん、ありがとう」
声を掛けると、ふわりと顔が上がる。歓びに満ちて輝いた笑み。
ガンマは、ずっと重いつとめを背負ってきた。
長くそうしていたと、今は分かっている。
「おつかれさま」
思わずねぎらいの言葉がくちをついた。
ガンマはまた背を丸め、地に額を擦りつける。
近寄って軽く背を叩いた。
「これからは俺がやる。だから楽をしてね」
「「「 ありがたく 」」」
歓喜に震えながら、ガンマは顔を上げる。
目には涙が滲んでいた。
ガンマがほとんど食べないのは、声も小さく、力も弱く、これほど疲れやすいのは、なぜなのか。
生気を犠牲にしているからだ。
ガンマは生きることより、精霊を安んじ郷を守ることを選んだもの。精霊と在るために、生き物として在ることを薄めている。つまり半分、精霊のようなもの。
生気を薄めて精霊に寄り添い、文句を受け流して機嫌を取り……そうした役目を負うのがガンマである。従うのは精霊とオメガであり、アルファには従わない。
そしてオメガとは本来、精霊の ≪要≫ たるものなのだ。
俺は、あのアルファと番うのだと誤解していた。
それに強い嫌悪を感じて、どんどん不安になった。当たり前だ。番以外と子作りなど、人狼なら本能が忌避する。
そうではないと、誰も教えなかった。俺がなにをどう誤解しているかも気づかなかった。けれど仕方ないことだったのだろう。俺がオメガでなかったなら問題なかったのだから。
成獣たちにとってのあたりまえ、子狼に教えられることと、『俺が知るべきこと』が同じではなかった。けれど教えようもなかった。オメガのことは誰も分かっていないのだ。
アルファも、シグマも、あの黄金の雄や、物知りそうなあの郷のシグマでさえ、本来のオメガがどんな役割を担っているのか、なんのためにガンマが存在しているのか、知らない。
いや、知らされない。
代々のオメガとガンマ以外には、知らされないことだから。
本当ならオメガからオメガへ伝えられること、ガンマが教え導くこと。けれどそれはできなかった。
ガンマの生気が薄れ過ぎていたからだ。
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