32.要たるもの

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 精霊とは。  命の息吹そのものであり、この世のあらゆるものに宿っている。   風の精霊、水の精霊、光の精霊や焔の精霊、そして大地の精霊。道ばたに茂る草のひとつひとつにも、どんなに小さな虫にだって、精霊は宿っている。  そして精霊は、血肉を持つものの中で気に入ったものと遊びたがる。空を飛ぶ鳥や小さな獣、大きな獣にも人狼にも、それぞれを好いた精霊がまとわりついている。  そうでなければ、精霊は自由に漂うだけだ。好きなことをして、好きなところに行く。たいした理由もなく悪戯をしかけるし、気が乗らなければまとわりついていたものからも離れてしまう。  統一した意思など持たず、自由奔放、決まりも掟もない。それが精霊。  だからしばしば、大変なことが起きる。  風が暴れれば木々は倒される。水が好きに動けば洪水が起こる。焔の気が向けば火事になる。木々や草などおとなしい精霊も居るけれど、こいつらだって森に留まらず好きなところに飛び出していけば、木や草は生命力が弱まる。  好き勝手するのが精霊だが、好きなようにさせていては森が荒れてしまう。  けれど命じたって言うことなど聞かない。だから気持ち良く働かせなければならない。  精霊たちと交流し森を保つよう促す。それができるのが、 ≪要たるもの(真のオメガ)≫なのだ 。  生きて在りながら精霊と在ることのできる、唯一の存在。それがオメガなのだと、俺は知った。  この郷では長く、精霊に認められる ≪要≫ たるオメガが出なかった。  前のオメガも、その前のオメガも、さらにその前も、さらにさらに前も……ゆえにガンマはずいぶん長い間、冬を二百回超えるほどの間、この森の精霊を安んじる務めを負っていた。  そして衰えた俺が来たとき、ガンマは多くの精霊を俺を癒すことに向けた。  生気を薄めたガンマは、常なら精霊の力に頼っている。  なのにあの不思議な飲み物、精霊の恵みを俺に分けた。そうでなくとも精霊たちはガンマより俺に寄り添いたがる。ただでさえ少ない体力気力は削られるばかりだっただろう。  立ったり喋ったりがやっとで、なにも知らぬ俺にいちから伝える気力など無かった。まして、このときを経れば全てが理解できると分かっていた。あえて薄い命を削ってまで説明する必要は無かったのだ。ときを待てば良いのだから。 「「「 あれは長く働いた 」」」 「「「 休ませてやりたい 」」」 「「「 ここに入れてやりたい 」」」  それが、苔に宿る精霊たちから伝わった想い。  周りの精霊がキラキラと瞬いた。  ―――そう  ―――そうだよ  ―――あそぼう  ―――ねむろう   ≪要≫ とは、世界中のあらゆるものの中で、もっとも精霊に好かれるものでもある。  精霊に好かれているだけ。お願いすることも、機嫌を取ることもしない。  それでも精霊たちは、 ≪要≫ を喜ばせようとする。役に立とうとする。  ただ共に在り、同じ歓びを、同じ悲しみを、同じ苦しみを分かち合う。それが要たる者(真のオメガ)。  だからこそ、 ≪要≫ の『お願い』は特別。  滅多に無いお願いをされると、精霊たちは常より強い歓びを感じ、聞き入れようとする。  だから ≪要≫ がいたなら、郷は、森は、安泰。なぜそうなるのかは分からないまま、皆オメガがいれば郷が落ち着くと知っている。
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