32.要たるもの

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 けれど ≪要≫ は、常に現れるわけではない。   オメガに任じられた≪要≫ でないものは、生気を薄めることで精霊と交流できる。けれど勝手をさせないように抑えることや、思うままに働かせることには足りない。だからガンマが存在する。   ≪要≫ に従う者であり、 ≪要≫ に次いで精霊に好かれるもの。  ガンマが ≪要≫ に従うと知っている精霊は、その意を汲み喜ばせようとする。けれどすべての精霊が知っているわけではない。だからガンマは生き物として生きることを放棄して、精霊に同化することを選ぶ。  ガンマのように生気を薄めた ≪要≫ たりえないオメガは、生き物としての本能も、人狼としての感覚も犠牲にすることになり、身を削ることになる。そうせねば成せぬ役目であり、ゆえにオメガは短命に終わりがちだ。  けれど。 「「「 面白い 」」」  俺は精霊たちに、そう思われている。それが ≪要≫ となる条件なのかは、分からない。  ともかく、今も感覚は失われていない。金の銅色の匂いも、気配も、今まで通り分かる。さらに郷の全員それぞれ、今どこでどうしているか、なにを感じているか。それも伝わってくる。  人狼の気配感知とはまったく異質の感覚によって、感知の範囲は以前より広く詳細だ。  精霊たちは見たもの聞いたものを、仲の良い精霊に伝える。  好き勝手に噂話をするだけだけれど、それは瞬時に際限なく広がっていく。そして ≪要たる者(真のオメガ)≫ に瞬時に伝わる。それが俺自身の感覚と混ざる感じで、今まで感じ取れなかったものを感じている。  精霊たちは好き勝手に、我も我もと伝えてくれるけれど、伝わるのは知りたいことだけではない、どうでも良いこと、例えば精霊が喜んだり楽しいとか、怒ったり不機嫌だったりも伝わる。逆に ≪要≫ が胸の内に抱えている悲しみや喜びも全て、精霊たちにはすっかり分かってしまう。  その中から郷に必要なことを選び取って、生気を薄めた体で精霊に喜ばれるよう人狼を導くのは、体力的に厳しかっただろう。 「大変だったよね。でもごめん、もう少し休ませて」  洞穴に入り声をかけると、ガンマは嬉しそうに頷いて、精霊の恵みを差し出した。  ひとくち飲むと、身体の内から精霊が力をくれるのが分かる。  けれど気が向かなければ、精霊たちはきっと悪戯を仕掛けてくるのだろう。これは精霊に好かれていない者には毒かも知れない。  このガンマがどれほど長くこの務めを負ってきたか、俺は知った。俺のあとに≪要≫ が出なければ、俺もガンマとして永らえることになるだろうということも。  俺は寝床に潜り込む。精霊たちも付いて来る。心地良い匂いに包まれ、丸くなる。  精霊たちが、内からの力を助ける。力を貸してくれてる。  暖かい闇、母狼の胎内(はらのなか)に揺蕩うような感覚を覚えると同時、苔に宿る精霊と近しくなったから、ここでも感じ取れるさまざまが、もたらされるものが、脳裏に流れていく。  忘れるな。  先のオメガを戒めとするのだ。  二度と同じ轍を踏むな────。
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