33.待つ狼

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 ────眼が開く。  身体の内に、周りに、無数の精霊が群がって歓び瞬いている。  寝床から抜け出し、見回した。ガンマの洞穴だ。  ここは精霊に満ちている。  だから、ここでこそガンマは永らえることができている。  隣の寝床に、ガンマの白い毛が見えた。  深い眠りに落ちている。  生気を削り、常に精霊を意識して、シグマに意を伝え……二百の冬を超えるほどのとき、ガンマであり続けた。  おそらく長い間、真の眠りなど無かったに違いない。今は俺がいるから、張り続けていた感覚を閉じることができたのだろう。 「ゆっくりお休み」  指先でガンマの白い毛を撫でて声を掛け、洞穴を出た。  風の精霊と音の精霊がフワリと寄ってきて、楽しそうに瞬いた。こいつらは森に居るのと、だいぶ違うやつだ。  おそらくアグネッサのところからついてきたんだろう。アグネッサは、とてもこいつらに好かれていたのだ。だからあの歌声がひと族を魅了したのだ。人狼の系譜なのかも知れない。  ひと族は精霊を、命の息吹を感じ取る力が弱く匂いも弱い。  人狼はひと族より上位の存在。だから俺が、ひと族の里や町で好かれたのは当たり前の事だったんだ。  逆に俺に反発した者もいた。あれはおそらく、精霊から、世界の(ことわり)から、遠ざかってしまった哀れな者たちなのだろう。  ―――愛しい気配を感じる。  俺を案じている。  そうか、再び眠ってから、いくつも一匹で夜を過ごしたんだね。  待たせてゴメンね、俺のアルファ。  行くよ。あんたのところへ。   ◆ ◇ ◆  ふっと、眼が開いた。  ……呼んでいる。  寝床から出ようとして、重さに気づく。  この匂い。酔っ払ったシグマだ。  一匹ではさみしいだろうとかなんとか言って、蜂蜜酒を持ち込んで居座ったのだが。 「なんで乗っかってるんだ」  おおかた寒かったのだ。シグマは寒さに弱いし身体は貧弱、感覚も鈍い。  そして蜂蜜酒が好きで、すぐに酔う。作夜もシグマは何杯か飲み干し、床でだらしなく寝てしまった。いつものことなので、放置して寝床に入ったのだが……重い。臭い。  蜂蜜酒は祝いの席や儀式のときに必要だから造るもので、日常的に飲むものじゃあない。しかしシグマはたんまり造らせている。  蜂蜜は大切な栄養源で、子狼を育てるときよく使う。シグマは効率的な蜂蜜の入手法を考案して雌たちに教え、多くの蜂蜜を得られるようにした。その働きは評価されるものだが、蜂蜜酒をたくさん造れと命じて、しょっちゅう酔い潰れているのは愚かにしか見えない。  ────ともかく、重さだけはある酔っ払いを蹴って寝床から除く。 「ん~~~……」  起きる気配も無く転がったシグマを超えて寝床を出た。  にぶい奴だ。ルウならば一瞬で起き立ち上がるに違いない。だが蜂蜜酒を泥のように酔うほど飲むルウなど考えられない。すぐ酔って寝るくせに、なぜこんなに飲むのか。賢いやつなんだが……バカなんだろう。すぐ俺をバカにするくせに。  腹が立ってきたので、顔を軽く蹴っておいて、棲まいから出た。  夜の闇が深い。  今夜は新月。人狼の力が最も衰える夜。  だが感じる。俺のオメガを感じる。  足は自然に、ガンマの森へ向かっていた。
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