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────眼が開く。
身体の内に、周りに、無数の精霊が群がって歓び瞬いている。
寝床から抜け出し、見回した。ガンマの洞穴だ。
ここは精霊に満ちている。
だから、ここでこそガンマは永らえることができている。
隣の寝床に、ガンマの白い毛が見えた。
深い眠りに落ちている。
生気を削り、常に精霊を意識して、シグマに意を伝え……二百の冬を超えるほどのとき、ガンマであり続けた。
おそらく長い間、真の眠りなど無かったに違いない。今は俺がいるから、張り続けていた感覚を閉じることができたのだろう。
「ゆっくりお休み」
指先でガンマの白い毛を撫でて声を掛け、洞穴を出た。
風の精霊と音の精霊がフワリと寄ってきて、楽しそうに瞬いた。こいつらは森に居るのと、だいぶ違うやつだ。
おそらくアグネッサのところからついてきたんだろう。アグネッサは、とてもこいつらに好かれていたのだ。だからあの歌声がひと族を魅了したのだ。人狼の系譜なのかも知れない。
ひと族は精霊を、命の息吹を感じ取る力が弱く匂いも弱い。
人狼はひと族より上位の存在。だから俺が、ひと族の里や町で好かれたのは当たり前の事だったんだ。
逆に俺に反発した者もいた。あれはおそらく、精霊から、世界の理から、遠ざかってしまった哀れな者たちなのだろう。
―――愛しい気配を感じる。
俺を案じている。
そうか、再び眠ってから、いくつも一匹で夜を過ごしたんだね。
待たせてゴメンね、俺のアルファ。
行くよ。あんたのところへ。
◆ ◇ ◆
ふっと、眼が開いた。
……呼んでいる。
寝床から出ようとして、重さに気づく。
この匂い。酔っ払ったシグマだ。
一匹ではさみしいだろうとかなんとか言って、蜂蜜酒を持ち込んで居座ったのだが。
「なんで乗っかってるんだ」
おおかた寒かったのだ。シグマは寒さに弱いし身体は貧弱、感覚も鈍い。
そして蜂蜜酒が好きで、すぐに酔う。作夜もシグマは何杯か飲み干し、床でだらしなく寝てしまった。いつものことなので、放置して寝床に入ったのだが……重い。臭い。
蜂蜜酒は祝いの席や儀式のときに必要だから造るもので、日常的に飲むものじゃあない。しかしシグマはたんまり造らせている。
蜂蜜は大切な栄養源で、子狼を育てるときよく使う。シグマは効率的な蜂蜜の入手法を考案して雌たちに教え、多くの蜂蜜を得られるようにした。その働きは評価されるものだが、蜂蜜酒をたくさん造れと命じて、しょっちゅう酔い潰れているのは愚かにしか見えない。
────ともかく、重さだけはある酔っ払いを蹴って寝床から除く。
「ん~~~……」
起きる気配も無く転がったシグマを超えて寝床を出た。
にぶい奴だ。ルウならば一瞬で起き立ち上がるに違いない。だが蜂蜜酒を泥のように酔うほど飲むルウなど考えられない。すぐ酔って寝るくせに、なぜこんなに飲むのか。賢いやつなんだが……バカなんだろう。すぐ俺をバカにするくせに。
腹が立ってきたので、顔を軽く蹴っておいて、棲まいから出た。
夜の闇が深い。
今夜は新月。人狼の力が最も衰える夜。
だが感じる。俺のオメガを感じる。
足は自然に、ガンマの森へ向かっていた。
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